内容は米国のとある街の公園にピクニックに来たカップルが芝生でリラックスして日光浴している画面から始まる。上空からカップルの映像がズームアウトで遠ざかってゆく、やがて地球上空まで遠ざかりの何乗という数字が現れる。さらにズームアウトしてゆくと太陽系からさらに星雲の風景が出てくる。それはの乗以上だ。あるところでカメラはもとにもどり始め、やがて再びカップルが見えてくる。そしてズームアップしながら近づいてゆく。女性の肌まで近づき、こんどは細胞の中まで侵入してゆくと、分子・原子レベルの世界になり宇宙に似た風景が現れる。数字はのマイナス何乗とある。
この映像はチャールズ・イームスという家具デザイナーが1968年に制作したもので、IBMからの投資を受けて1977年にリリースされたそうだ。この時代には素粒子という考えはまだなく、ワトソン&クリックによるDNA二重らせん構造理論発表が1953年なので、世間ではDNAがどんな構造か関心すらない時代である。従って、その想像力は驚異的だ。さらに驚くのは、この時代にCGという画像処理技術はまだ存在せず、この映像制作力もまた一見の価値がある。

Powersとは“力”ではなく“べき乗”を示している。つまりの何乗の世界はどうなるの?という意味で、という数字を基盤に物事や生命・宇宙の尺度を描く、とても意味ある作品なのだ。私が最初にこの映像をみたのが、年前くらいの時で、その後考え方や捉え方、または生き方が変貌した事は間違いない。分析化学の仕事をしていた筆者がDNA合成技術に出会い、教科書に無いわかりやすいバイオサイエンスの本を探していた際に、「宇宙からの帰還」というアポロ宇宙船乗務員の体験を明記した単行本を読んだ事がある。最優秀な科学者が競争を勝ち抜いて宇宙飛行士になり、宇宙から帰還した後の生き方の多くが、絵描きや牧師になったという話題を記憶している。人間には絶対理解できない事実がある。ゼロを通過する地点、宇宙の先の先。ヒトに唯一与えられた時間という平等の中で、これら理解できない世界は毎日私達の生活の中にも存在するのではないだろうか。デジタル社会がいくら進化してもバランス良くアナログな世界が自分の中に存在しないと人生うまく行かないと、それから思うようになった。

岩瀬 壽 氏
一般社団法人日本分析機器工業会(JAIMA)ライフサイエンスイノベーション担当アドバイザー、
バイオディスカバリー株式会社 代表取締役社長&CEO。
1951年東京都生まれ。日本大学理工学部工業化学科卒。メルクジャパン、日本ウォータズ、日本ミリポア、日本パーセプティブ、アプライドバイオシステムズ、バリアンテクノロジーズ、アジレントテクノロジーなどで分析機器・バイオサイエンス機器の経営・マーケティングを経験。2001年バイオディスカバリー(株)設立。2013年より日本分析機器工業会(JAIMA)ライフサイエンスイノベーション担当アドバイザー兼任。
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