ライフサイエンス分野のやさしい知財入門
~切っても切れない、医薬品と特許の因果な関係~
「医薬品やバイオなどのライフサイエンスビジネスでは特許が重要なことは知っている、でも特許の話は特殊すぎてよくわからない」という人は多いのではないでしょうか?
このコラムでは、そんな皆さんに向けて、ライフサイエンスビジネスに関係する特許や商標などの知的財産の話をやさしく語りかけていきたいと思います。
第1回:まずは、医薬品の種類と特許の話を聞いてください
医薬品の種類というと、何を思い浮かべますか?
「風邪薬、高血圧の薬、新型コロナワクチン、抗がん剤」といった言葉が思い浮かぶでしょうか?はい、その通り、正解です!これらは医薬品を用途によって分類した場合の種類ですね。でも今回はちょっと視点をずらして考えてみましょう。
まずは、医薬品の種類と特許の話を聞いてください。
医薬品を、入手方法に注目して分類すると、医師の処方箋をもらって購入する医療用医薬品と、ドラッグストアや薬局で誰もが購入可能なOTC医薬品に分けることができます。OTCはOver-the-Counterの略で、一般用医薬品ということもあります。
これらのうち医療用医薬品は、薬事当局により製造販売から価格までを規制されている非常に特殊な製品です。薬事当局とは、日本では「厚生労働省(以下、「厚労省」)、米国ではFDA(米国医薬品食品局)、欧州ではEMA(欧州医薬品庁)のことを指します。海外でも、医薬品は国や地域の薬事当局によって統制されているという点は変わらないんですね。
医療用医薬品は、さらに先発医薬品と後発医薬品に分類されます。
先発医薬品とは、「新しい効能や効果を有し、臨床試験(いわゆる治験)等によりその有効性や安全性が確認され承認された医薬品」であり、いわゆる新薬のことです。先発品や先発薬とも呼ばれます。この定義から想像できるように、先発品が承認されるためには、厚労省に医薬品の有効性や安全性を確認した臨床試験の結果を添えて承認申請を行い、審査を受けて承認される必要があります。
これに対し、後発医薬品とは、「先発医薬品の特許が切れた後に、先発医薬品と成分や規格等が同一で、生物学的に同等であるとして承認される医薬品」であり、後発品や後発薬とも呼ばれます。ここで、後発医薬品の定義に「先発医薬品の特許が切れた後に」という言葉が入っているのに気が付きましたか?そうなんです、医薬品の種類を定義するのに、特許が関係してくるんですよ。これが、本コラムのタイトルにもある「切っても切れない医薬品と特許の因果な関係」ということなんです!
さらに後発医薬品の定義には「先発医薬品と成分や規格等が同一で、生物学的に同等であるとして承認される」という言葉が入っていますよね。つまり、後発医薬品は先発医薬品のように臨床試験を行って有効性や安全性を確認する必要はなく、「先発医薬品と成分や規格等が同一で、生物学的に同等である」ことを確認する試験(同等性試験※1)を行えばよいとされています。
さて、医薬品の種類に特許が関係するとわかったところで、もう少し詳しく見ていきましょう。
先発医薬品と後発医薬品は、有効成分によりさらに細分化されます。先発医薬品のうち、有効成分が低分子化合物であるものを低分子医薬品、有効成分が抗体、ペプチド、ワクチンなどの高分子化合物であるものはバイオ医薬品といいます。これに対応して、後発医薬品のうち有効成分が低分子のものをジェネリック医薬品(以下、「ジェネリック」)と、高分子のものをバイオ後続品やバイオシミラーといいます。
以上の分類を図で示すと次のようになりますよ。
では最後に、上の図を見ながら、冒頭で例に挙げた「風邪薬、高血圧の薬、新型コロナワクチン、抗がん剤」がどんなふうに分類されるか、一緒に考えてみましょう。
風邪薬は、おそらく病院に行かずにドラッグストアやコンビニで購入するので、OTC医薬品に該当することが多いのではないでしょうか。高血圧の薬(降圧剤)は、人間ドックで「血圧が高めですね」と指摘され病院で処方箋をもらって買うので医療用医薬品ですね。高血圧の薬はたくさんありますが、先発品の多くは特許が切れてジェネリック医薬品が出てきていますので、皆さんが手にするお薬はジェネリックであることが多いと思います。新型コロナワクチンは、新しい薬なのでまだ特許が切れていません。そうすると後発品はないので、バイオ医薬品(先発医薬品)に分類されるでしょう。そして抗がん剤は、低分子医薬品もバイオ医薬品もありますが、最近増えているのは抗体を有効成分とするバイオ医薬品です。乳がんや胃がんに効果のあるハーセプチン(先発)のように、既に特許が切れていて、バイオ後続品(バイオシミラー)が登場しているものもあります。
※1 場合によっては、安定性を確認する加速試験も必要です。
著者プロフィール
田中康子
エスキューブ株式会社代表取締役/エスキューブ国際特許事務所代表・弁理士
株式会社ストラテジックキャピタル社外取締役、東京農工大学大学院非常勤講師、知的財産権訴訟における専門委員
帝人、ファイザー、スリーエムジャパンの知的財産部にて、国内外の知財実務、知財戦略構築、契約交渉、知財教育、各種プロジェクトマネジメントを経験。2013年4月に、知財の活用による日本企業の国際競争力強化を目指して知財コンサル会社「エスキューブ株式会社」を設立、同年8月に権利化を含めたシームレスなサービスを提供すべく特許事務所を設立し現在に至る。1990年3月千葉大理学部化学科(生化学)卒。