第2号「創薬、育薬から適薬へ」

はじめに

最近、製薬業界に関係した3件の買収報道が注目された。武田薬品のシャイヤー(Shire、バイオ医薬)の買収、メルクのファンデーションメディシン(Foundation Medicine)の(追加)買収、アマゾンのピルパック(PillPack, 処方箋薬のネット販売会社)の買収である。武田薬品の動きは、規模は大きいが欧米のビッグファーマによくみられる戦略的な買収である。メルクの動きはがんの精密診療Precision Oncologyへの路線強化である。だから製薬産業関係者にとってそれほど意外感はなかったのではないか。だがアマゾンの買収は、医薬品業界に本格的に参入する予兆として関係者に衝撃を与えたようだ。

いまやビッグファーマは、ある特定の薬の販売を促進する”One size fits all”戦略を改め、健康ソリューションを提供する“Beyond the Pills”ビジネスへと視野を拡大している。だがその市場ではグーグルやアップルなどグローバル化している強力なICT企業の参入が予測されている。その中でも強大な小売業者であるアマゾンの参入は、医薬品産業構造を大きく変化させる可能性を秘めていると警戒されている。その主戦場(市場)は、創薬(Drug Discovery)ではなく、薬を適切に使う適薬になる可能性がある。

今日、公に流れているのはおそらく氷山の一角のような、大変化の表面的な動きに過ぎないだろう。これまでの製薬産業界の構造は明らかに融解し始め、昨日のライバルは今日のパートナーとなり、今日のパートナーが明日のライバルになるような時代に突入したように思われる。そうした新しい時代精神を反映した動きの一部は、「適薬」という言葉で表現できるのではないかいうのが、この小論の主題である。

創薬と育薬

医薬品の研究開発に関わっている我が国の専門家の間では、1980年代から「創薬」という言葉がよく使われるようになった。これは英語のDrug DiscoveryとDevelopmentに対応し、狭義には新薬として承認されるまでの努力に対応している。その後、我が国の製薬や薬学関係者の間では「育薬」という言葉も使われるようになった。製薬協(日本製薬工業協会)では、それを薬が市場に出された後で行われる追跡調査研究や、既存薬の改良、それらにヒントをえた新しい薬の開発などに関わる取り組みだとしている1)。またその例としては、舌の内側に入れて使うニトログリセリンを、皮膚のパッチタイプにして深夜や早朝に起きる狭心症に対応できるようにするとか、100年以上にわたって常に新しい適応が発見されながら使われているアスピリンなどをあげている。この定義にしたがうなら、最初の目的(適応)からすると副作用のように思われる効果を、新しい適応(使用目的)とするような研究開発(Drug Repositioning)も育薬と言えよう。その目覚しい成功例はバイアグラだろう。いずれにしても、我が国でいう育薬はDrug Developmentに含まれているように思われる。

適薬の概念

我々が提唱する「適薬」は、ずばり「薬を適切に使うための多様な努力」を意味する。簡単に言えば、すでに承認されている薬を適切に、しかも可能なら最適に使う仕組みをつくる努力を意味する。それは「適切な薬を、適切な量、適切な時間」に使う、“right drug, right dose, (at the right time) to the right patient”と表現される努力のことである2),3)。そのような処方を「どう計画designし、どのように実施implementするか」が目標になる。

一般に、薬をつくる人と薬を使う人とは異なる。また薬の定義にもよるが「つくると使う」との間には「薬を処方する」、すなわち使い方を指示する人が介在する。最初の薬をつくる過程にもさまざまな専門家が関与するが、薬を届け、それを使う過程にも、またさまざまな専門家が関与する。一般に薬を使う責任をおっているのは、医師か生活者(患者)である。したがって他の専門家や関係者は、助言すなわち知識や意見を提供することはあっても、使い方に責任をおっているわけではない。

一方で、適切な知識を提供する責任を負っている薬の開発や製造者は、医療用医薬品の「添付文書」などとして必要な情報を提出している。そうした文書を理解し必要な知識を媒介するのが薬剤師であり、それらを監督あるいは指導するのが行政である。だが、そうした知識の提供者たちも、薬が使われる状況、あるいは使われる人とその背景に関する情報や知識を十分もっているわけではない。新薬承認のための試験は、それが使われるすべての集団を対象にしてはおらず、妊婦や子供や高齢者などへの使用には注意が必要である。ある薬が使われようとした時、薬を使う目的以外に罹っている疾患(Comorbidity、共存症)やそれに対処するために使っている薬、あるいは食事や生活様式(Lifestyle)や、使い手の体の属性や状態に関する情報や知識は、常に不十分である。例えば複合化した慢性疾患を抱えている高齢者の場合、それぞれの疾患に対応した多くの種類の薬が(互いに無関係に)処方されていることは珍しくない4)

これまで製薬会社は医師を最重要顧客としてMR(Medical Representative、英語ではSales Representative、すなわちSR)と呼ばれる販売部隊Sales Forceの活用を重要視してきた。しかし適薬の難しさは薬自体よりは、薬の作用機序を分子レベルから理解するための基盤知識をあらかじめ用意しておくことと、薬が使われるヒトの体の状態を知ることと、それらを組み合わせて活用できる臨床の仕組みづくりにある。費用も問題である。例えば、ある薬を使えるか否かを判断するバイオマーカーと呼ばれるような生体指標があれば、薬の使用はより適切になるが、そのための手間や経費も発生する。これはファーマコエコノミックス(Pharmacoeconomics)の問題である。

つまるところ適薬は、そうした臨床における、あるいは個人における複雑な「意思決定(Decision)を適切に行うことを意味している。この問題に対処するための数理的な技法が制御理論であることは、1970年代から指摘されていた5)。その基本理念は今でも変わっていない。だが薬への応答に関係している生体の属性と状態を計測する技法は飛躍的に進歩した。そうした進歩を先導、牽引しているのがゲノム解析Genomicsとそれに随伴する各種のオミックス(Transcriptomics, Proteomics,Metabolomicsなど)である。それらに関係した、薬が使われるヒトの遺伝的特性やゲノムの特性をしらべる技法はファーマコジェノミックス(Pharmacogenomics, PGx)と呼ばれる。PGxは適薬の中核となる研究領域である。

図1 適薬の概念を示す図。適薬の研究は、薬の研究開発と薬の使用にまたがっている。GLP: Good Laboratory Practice, GMP-Good Manufacturing Practice, PGx: Pharmacogenimics.

図1 適薬の概念を示す図。適薬の研究は、薬の研究開発と薬の使用にまたがっている。GLP: Good Laboratory Practice, GMP-Good Manufacturing Practice, PGx: Pharmacogenimics.

ファーマコジェノミックス

ヒトゲノム解読計画が成功裡に終了する見通しがたった頃、当時GSK(グラクソスミスクライン)にいたローゼズ(A. Roses)らは、医薬品への応答性に関わる遺伝的な変異をSNP(Single Nucleotide Polymorphism、一塩基多型)によって網羅的に判定するための製薬会社のコンソシアムを組織しようとした6)。薬物応答に関わる遺伝的な変異を網羅的しらべる(Pharmacogenomicsの)必要性は、他の研究者たちからも提起されている。その後こうした構想は、共同研究事業に発展し、さらにそれらの成果を広く活用できるようなデータベースや知識ベースの整備に発展した7)。その後、そうしたデータや知識を臨床で実際に生かす努力が医薬品を開発している先進国に広がった8),9)。その先端的な事例としては、米国のメイヨクリニックからの報告が参考になる2),10)

適薬の基礎は、薬の使用の適切さをどう捉えるかにある。その尺度は2つある。安全性(危険性、危害があるか否か)と効果(効き目)である(以下の議論では、品質や「医療用麻薬の乱用防止」のような社会的な問題は含めない)。したがって問題は、使い手にとってもっとも安全性と効果が高い治療を、できるだけ低い経費で提供することである。治療法として薬が使われる場合、この問題を考える基礎になるのが、ADME(アドメ)という研究領域である。

薬は、体内に吸収され、移動し、肝臓の(薬物代謝)酵素などで化学的な変化を受け、やがて体から排泄される。その全体は吸収Absorption, 輸送Distribution, 代謝Metabolism、排泄Excretionの頭文字をとったADMEと呼ばれる。一般にADMEに関わる機序と薬の「標的(Target)あるいは受容体Receptor」と呼ばれる生体分子との相互作用とは、別に扱われる。前者はPharmacokinetics(薬物動態学)、後者はPharmacodynamics(薬力学)と呼ばれる研究領域である。前者に関わっているのが主に薬物代謝酵素と呼ばれる分子群であり、その代表がCytochrome P450でありCYPと総称される。薬物代謝酵素は肝臓にあって、生体内に入ってきた薬物を代謝する(変化させる)。一方、その薬が効果をあげられる否かは、標的と目される生体内の部位(分子)にうまく作用(結合)できるか否かに掛かっている。薬分子は治療の目的とは異なる部位(分子)と結合することがあるが、それは標的外off targetと呼ばれる。

後者の現象は副作用と関係する可能性がある。その例としてよく知られているのはHLA(human leuして知られている、皮膚や眼に重い後遺症をもたらす、スティーヴンス・ジョンソン症候群(Stevens-Johnson syndrome:SJS)と関係していると考えられている。 薬の副作用の問題は、環境汚染物質のような化学物質の安全性の問題とも共通している。一般に化学物質の安全性に関わる遺伝的素因をしらべる技法はトキシコジェノミックス(Toxicogenomics、TGx)と呼ばれる。薬の使用にはある程度の危害(副作用、Adverse effect)が予測されるから、科学的な視点ではPGxとTGxとの間に方法論的な違いはないとも考えられる。実際、薬になるか毒になるかは、用量(使われる量)に依存することも多い。そこでADMEの問題は毒性Toxicityと一緒にADME-Toxの問題と呼ばれることも多い。

ついでに言えば、食物の生体応答に関わる遺伝的な特性をしらべる研究領域は、ニュートリゲノミクス、Nutrigenomics(NGx、日本語では、栄養ゲノム学など)と呼ばれる。

いずれにしても薬であれ、栄養成分であれ、毒であれ、外来の分子が作用する生体内の分子は主にタンパク質である。それらは対応する遺伝子が発現する(読まれる)ことで生成される。遺伝子に違い(多型、Polymorphism)があれば、薬の体内への取り込みも、代謝もその効果も異なってくる。したがって薬ごとに関係した遺伝子を確かめておく必要がある。これが「薬物と遺伝子の対“Drug-Gene Pairs”」と呼ばれる知識であり、多型が問題になる代表的な遺伝子群はCYP, HLAなどである。「ある疾患Xを治療する目的で薬Yを使いたい場合、その患者のZという遺伝子をしらべておく」ことが推奨される。この場合のZは、遺伝的なバイオマーカーと呼ばれる。バイオマーカーやDrug-Gene Pairsは、米国のFDAのサイトで閲覧することができる(参考文献10のTable1と2参照)。したがってゲノム解析技法の進歩を駆使したバイオマーカーの探索は、ファーマコジェノミックスの重要課題になっているkocyte antigen、ヒト白血球抗原)タンパク質である。それは予測のつき難い副作用として知られている、皮膚や眼に重い後遺症をもたらす、スティーヴンス・ジョンソン症候群(Stevens-Johnson syndrome:SJS)と関係していると考えられている。

薬の副作用の問題は、環境汚染物質のような化学物質の安全性の問題とも共通している。一般に化学物質の安全性に関わる遺伝的素因をしらべる技法はトキシコジェノミックス(Toxicogenomics、TGx)と呼ばれる。薬の使用にはある程度の危害(副作用、Adverse effect)が予測されるから、科学的な視点ではPGxとTGxとの間に方法論的な違いはないとも考えられる。実際、薬になるか毒になるかは、用量(使われる量)に依存することも多い。そこでADMEの問題は毒性Toxicityと一緒にADME-Toxの問題と呼ばれることも多い。

ついでに言えば、食物の生体応答に関わる遺伝的な特性をしらべる研究領域は、ニュートリゲノミクス、Nutrigenomics(NGx、日本語では、栄養ゲノム学など)と呼ばれる。

いずれにしても薬であれ、栄養成分であれ、毒であれ、外来の分子が作用する生体内の分子は主にタンパク質である。それらは対応する遺伝子が発現する(読まれる)ことで生成される。遺伝子に違い(多型、Polymorphism)があれば、薬の体内への取り込みも、代謝もその効果も異なってくる。したがって薬ごとに関係した遺伝子を確かめておく必要がある。これが「薬物と遺伝子の対“Drug-Gene Pairs”」と呼ばれる知識であり、多型が問題になる代表的な遺伝子群はCYP, HLAなどである。「ある疾患Xを治療する目的で薬Yを使いたい場合、その患者のZという遺伝子をしらべておく」ことが推奨される。この場合のZは、遺伝的なバイオマーカーと呼ばれる。バイオマーカーやDrug-Gene Pairsは、米国のFDAのサイトで閲覧することができる(参考文献10のTable1と2参照)。したがってゲノム解析技法の進歩を駆使したバイオマーカーの探索は、ファーマコジェノミックスの重要課題になっている。

図2 ファーマコジェノミックスの基本になる、生体内の細胞の異物への(Xenobioticな)対処メカニズム。外来因子が入ってくると、センサー役の分子がそれをキャッチしてDNAに結合し、遺伝子発現を促し、そこで生成された薬物代謝酵素(タンパク質)が、進入物の処理に動く。この図は代表的なセンサー役の核内受容体を例としている。他にはAhR, Nrf2などが知られている。

図2 ファーマコジェノミックスの基本になる、生体内の細胞の異物への(Xenobioticな)対処メカニズム。外来因子が入ってくると、センサー役の分子がそれをキャッチしてDNAに結合し、遺伝子発現を促し、そこで生成された薬物代謝酵素(タンパク質)が、進入物の処理に動く。この図は代表的なセンサー役の核内受容体を例としている。他にはAhR, Nrf2などが知られている。

抗癌剤の適切な使い方

適薬への取り組みがもっとも活発に展開されているのはがんの領域である。抗がん剤は、手術と放射線治療に続く治療法として昔から知られていたが、現在この分野がとくに注目されてきたのは、免疫チェックポイント阻害剤(Immune Checkpoint Blockade)と呼ばれるCTLA-4やPD-1に対する抗体医薬が登場してからである。そのひとつが抗PD-1抗体オプジーボ(Nivolumab)である。いまやよく知られるようになってきたがんに対するこれらの新しい概念の免疫系の制御薬は、高額な上に、一部の患者には劇的な効果を示すものの効果がなかったり、副作用がひどかったりという事例も多い。まさに適切な患者の選択と適切な(場合によっては複数の)薬物の選択と使い方の研究が必要なことが認識されるようになってきた領域である11)

がんは主に遺伝子の変異に起因する疾患である。がん化した細胞を含む腫瘍組織をしらべると変異(いわゆる体細胞変異、somatic mutations)が見つかる。こうした変異と、消費者に直接宣伝されている(いわゆるDirect To Consumers, DTC)遺伝子検査などの対象になる生殖系列(germline)細胞の遺伝子検査や、より精密な個人の全ゲノム配列データ解析で見つかる変異との関係は、まだ十分解明されていない。そしてこのことは、患者や一般の生活者には、わかりやすくは説明されていない。

だが昨年の5月頃から米国のFDAやNIHは、患者の腫瘍組織からの細胞のDNAに、ある種の変異(例えばミスマッチ修復欠損、mismatch-repair deficiency)などがみつかった場合には、抗PD-1抗体薬の投与を推奨するというような見解を公表するようになった12)。そうした遺伝子検査には、例えば100前後の既知の遺伝子を載せたパネル検査が使われる。かくして一方では、新しいがん免疫抗体薬の開発が行われ、他方では、がんの進行状態を反映する体細胞の遺伝子変異を検査する技法の開発競争が始まっている13)

PD-1の基礎研究とその抗体医薬の開発で先行しながらそれを使う臨床体制づくりでは遅れていたわが国も、昨年より「がんゲノム医療中核拠点病院」や「がんゲノム医療連携病院」の指定、ゲノムを基礎にしたがん診療情報の「(国立がん研究センター内の)がん情報管理センター」への登録の義務化などに動いている。かくしてがん診療に関しては、基礎研究、トランスレーショナル研究、さらに臨床の実践体制においても文字通り日進月歩のペースで、適薬に向けた環境づくりが進められている。

その他の疾患への波及

がん診療の現状はゲノム解読技術を基盤とした医療の精密化Precision Medicineへの最先端の動きである2)。そしてこの動きは、他のさまざまな疾患領域に波及している。それらは例えば循環器疾患14)、進行した腎疾患15)、慢性疼痛16)、さらにはうつ病の治療17)などである。こうした動きは、いずれもこれまでの遺伝子多型Polymorphismやファーマコジェノミックス研究の流れを汲むものである。

かくして、それぞれの疾患領域ごとに診断あるいは対処法の決め手となる指標、すなわちバイオマーカー探索が進められている。つまりPGxは、一般論から疾患領域ごとの各論における深い解析に進んでいる。それとともにバイオマーカー探索も遺伝子やタンパク質など、分子レベルの指標から痛みや気分障害のような心理的な指標の探索へと広がっている。

図3 がんの精密な診療の流れ図。M. Doherty et al., Precision medicine and oncology, Ann Oncol. 27(8):1644 -1646, 2016、Fig. 2 を参考に作成

図3 がんの精密な診療の流れ図。M. Doherty et al., Precision medicine and oncology, Ann Oncol. 27(8):1644 -1646, 2016、Fig. 2 を参考に作成

表1 ゲノム検査・診断: DTCからがんゲノム医療中核拠点病院における検査ツールまで(予測)。
市場 親企業・提携 事業内容
DTC市場 23andMe日本企業(6社?) 1万円以下の簡易検査
Watson Genomics from Quest Core NGSによる50の遺伝子変異、SNPs, ID, CNV,…
Ambry Genetics コニカミノルタ
ACT Genomics
Genomic Medicine Roche/中外製薬? FoundationOne, TMB Tumor Mutation Burden, Checkmate 227,
Grail cfDNA
Guardant Health ソフトバンク cfDNA , LC-SCRUM-J

  

表2 がん診療のための臨床(がん)データ基盤システム、データベースや解析環境の例。
企業・団体名 親・支援団体、連携企業 事業内容、関連団体
CancerLinQ ASCOAstra
Zeneca
米国臨床腫瘍学会
IDN(Integrated Delivery Networks)
Flatiron Roche($1.9B) 430 Employees, 260 Clinics, 1.5 M patients
Precision Health AI Roche
Tempus Roche FDA, NCI, CancerLinQ,
COTA Cancer Outcomes Tracking and Analytics
Syapse Simplify patient financial assistance enrollment
VERO Novartis Value of Evidence in the Real-wOrld
BC Platforms (Finland) Microsoft AI

 

腸内細菌と適薬:Pharmacomicrobiomics

今世紀に入ってからのゲノム解読技術(メタゲノム解析)の進歩によって、腸内細菌に代表されるヒトに共生する微生物群の健康と病気への関わりが明らかにされてきた。現在、猛烈に拡大、深化しているこの領域の研究は、医学研究にも医療の実践にも大きなインパクトを与えている18)

腸内細菌は食事として摂取されたものから各種の代謝物を新たに生成する。その代表例は、酢酸、酪酸、プロピオン酸などの単鎖脂肪酸である。そうした代謝物は、血流に乗って腸から肝臓、腎臓、血管、心臓、脳などに到達する。血流以外に、例えば神経系もそれらの臓器間を結んでいる。それらによって、これらの臓器は互いに影響し合うことが明らかにされつつある。薬の代謝や作用も当然その影響を受けると考えられている。そこでPharmacologyとMicrobiomicsを合わせたPharmacomicrobiomicsという言葉も使われだした19),20)

もちろんヒトの共生細菌は腸内だけでなく皮膚その他の部位に広く存在している。例えば口腔内の細菌は歯周病などの原因となり、全身性の疾患と関係している21)。これは歯磨きなどの健康効果を証明する知見だが、運動やその他の生活様式も、腸内細菌叢の構成に影響を与えることが報告されている22)

さらに先端的ながん治療薬である免疫チェックポイント阻害剤の効果にも、患者の腸内細菌(構成微生物の一部)が関わっているという報告がなされている23)。このことはがんの免疫療法が適切な食事や便移植との併用で効果があがるかもしれないことを示唆している。この分野は適薬研究の最先端領域の一つと言えよう。

図4 薬が作用するヒトの環境。ヒトは膨大な数の腸内細菌を含む共生細菌叢と共存している。薬への応答を分子レベルでしらべるファーマコジェノミックスは、食の作用に関わるニュートリジェノミックス、有害な毒物や環境汚染物質などの作用に関わるトキシコジェノミックス、さらに微生物オミックスMicrobiomicsとの連携が必要である。

図4 薬が作用するヒトの環境。ヒトは膨大な数の腸内細菌を含む共生細菌叢と共存している。薬への応答を分子レベルでしらべるファーマコジェノミックスは、食の作用に関わるニュートリジェノミックス、有害な毒物や環境汚染物質などの作用に関わるトキシコジェノミックス、さらに微生物オミックスMicrobiomicsとの連携が必要である。

簡便な生体計測機器のインパクト

適薬を実現するには、薬が使われる人の属性と状態を把握する必要がある。属性とは時間と共には変わらない性質である。例えば性別や生殖系列細胞を試料としたゲノム解析のデータは、その個人に生まれながらに備わった属性と考えられる。これに対して体重や体温などは、状態によって変化する指標である。掌(たなごころ)コンピュータというべきスマホの普及と併走するように、健康に関わる多様な状態指標を簡便に計測できる小型簡便無線対応可能な生体計測機器(Wearable/Wireless SensorsあるいはWearables)が大衆製品として市場に登場してきた。これによって自分自身を計量化すること(Quantified Self)やDIYヘルスケア(Do It Yourself Healthcare)への関心が高まった。

その先駆者の一人であるスマール(L. Smarr)によ れば、体重、体脂肪、体温、血圧、心拍、心電図、…など60から70項目は、消費者が自分で測れるという24)。それは2012年頃の話しであるが、この種の機器は今、猛烈に進歩している25) 。また、それらの機器と連動した、あるいは独立したスマホのアプリ(Apps)も猛烈に増えている。だがこれらの商品や無料ソフトは、一般の消費者には、すぐ飽きられ使われなくなってしまう傾向がある。また肝心の血液検査は、血糖値の測定など以外は、まだ専門の業者に分析を依頼する必要があり、費用が掛かりすぎると言われている。

そこで最近は、そうした簡便な機器を個人だけでなく製薬企業や医療機関でどう活用するかに、改めて関心が集まってきている26-28)。こうしたディジタル機器は、経時的な(繰り返し)計測に向いている。だから痛みや気分障害が続くような慢性疾患対策に効果を発揮すると期待されている。そこで、こうした個人が収集したデータ(Personal Health Record, PHR)と病院や診療機関で蓄積されている電子化されたデータを、共に実世界データ(Real-World Data, RWD)として統合的に活用しようというディジタルメディシン(Digital Medicine)への関心も高まっている29)


図5 小型簡便な生体計測機器とその例。

図5 小型簡便な生体計測機器とその例。

パイプラインの見直し論議と適薬との関係

昨年末、Translational Research(TR)を先導するNIH傘下の研究機関NCATSの活動に関する報告が2編発表された30),31)。それらは、“Drug Discovery, Development and Deployment Maps (4DM)”に関するNCATSの先導理念を表現した地図(経路網図)の試案に関するものだった。この地図はNCATSの責任者であるオースティン(C. P. Austin)が、製薬企業やアカデミア、学術研究NGOなどの専門家を集めて協議して作成した提言資料である(この図はNCATSのサイトで参照可能)。

ここでいう4DMは、薬の研究開発と適切に使われるための取り組みに対応している。これまで製薬会社ではこれらの過程を一方向に向いた「パイプライン」と呼ばれる流れ作業的な(矢型、英語のChevronのような)図で表現してきた。だが「そうした図式化は新しく製薬事業に参入しようとしている関係者の認識を誤らせている」、というのがNCATSチームの見解である。彼らは、この領域に新しく参入しようとしている関係者が、薬づくりの過程をより正しく認識できるような助けとなる経路網図が必要性なことを痛感した。そこで彼らのチームで検討した結果を、より広い議論を呼ぶための叩き台とすべく試案として公開した32)。その意図したところは、薬づくりの過程が決して一方向の流れ作業ではなく、多くのフォードバック回路を含む、複雑に絡み合った専門的な作業の組み合わせであることを認識し、それを経路図で表現することだった。

確かに医薬品の研究開発を一方向の流れ作業的な過程とすれば、例えばファーマコジェノミックスのような薬の適切な使い方に関係した研究は、新薬が承認された後の使い方になるから、上記のNCATSの地図(4DM)では、Drug Deploymentに含まれる。だがそれでは普通のパイプラインの外側になってしまい、PGxが創薬と離れた研究領域だという印象を与えてしまうことになる。これは一例であるが創薬と、適薬の基盤になるファーマコジェノミックスとは、技法とそれが適用される対象(データ)に関する共通性が高いのだ。したがって、それらの関係を一方向の流れで表現してしまうと、例えば開発における薬の標的となる生体分子との結合の機序の研究と、上市後に臨床で使われた時に観察された副作用の機序の解明の仕事が分離されてしまうことになる。

これは一例であるが、医薬品の研究開発の複雑な各過程に関わる専門家と彼らが駆使する技法との絡み合いを分断してしまうと、結局は全体の生産性は悪くなるのではないかという懸念が生じてくる。このことは、製薬企業の各部門を別会社に分離する経営方針の良し悪しとも関係してくるように思われる。フォーマ危機Pharma Crisisには、経営の危機と研究マネジメントの危機があるように思われる。NCATSの試みは、その点に着目しているようにも思われる。

適薬のためのバイオインフォマティクスと計算化学

適薬の研究の歴史は古い。ADME(アドメ)の用語と概念は、ヒトゲノム解読計画が始まった1990年代よりずっと以前から薬学や毒性学の研究者には馴染みのある用語だった。だが、分子生物学や1980年代から始まった組み換えDNA技術(バイオテック)を駆使した薬づくりをめざした研究者たちには、やや馴染みのない用語であり、概念であったようだ。それらの概念や研究手法は薬の標的になる生体分子の発見と、それにうまく結合する薬物分子の発見と、その改良を基礎とする創薬の初期段階Early Stageではなく、動物を使った安全性(前臨床)研究やヒトが参加した臨床研究(治験)など、規制の枠がある試験方法に関係している。そうした過程に関わる研究はレギュラトリーサイエンスRegulatory Scienceと呼ばれる。この言葉も1990年ごろから意図的に使われるようになった。

私たちが医薬品開発や毒性(安全性)研究に、計算化学やバイオインフォマティクスを応用すべきと、現在のCBI学会の前進である研究会を立ち上げたのは1981年である。そこでは当然、計算毒性学Computational Toxicologyの推進も目標になっていた。しかしADMEにも関わる計算毒性学への関心は我が国では極めて低かった。実際、1990年代の後半、化学物質の安全性に関する国際共同研究(IPCS)の窓口事業に関わっていた私は、動物試験をある程度、計算で代替しようという欧米の動きに脅威を感じた(旧)厚生省の担当者からの依頼で、その必要性を訴える内部文書を作成したほどである。

ただ、ヒトゲノム解読計画のゴールが近くなり、経路網Pathway/Networkに関する知識ベースの重要性が認識されるようになった世紀の変わり目では、一転してこの分野に大きな(ミレニアム)予算が投下され、動物実験と計算機によるアプローチに関わるプロジェクト研究が盛んになった。それらの研究は、薬をつくる力のある米国と欧州および日本の連携で行われるようにもなってきている。それと共に、ファーマコジェノミックスと呼ばれる研究領域も、ゲノムデータだけでなく、随伴する他のオミックスの知識をも活用し、有効性や副作用を含む、薬分子と生体との相互作用に関わる分子レベルの知識を統合的に整理する方向に進んでいる。

例えば、投与された薬がどの部位にどのくらい運ばれるかはADMEの問題であるが、その薬を代謝や運搬する酵素や、その薬の標的と想定されるタンパク質が、そこにどのくらい存在するかは、薬が使われる側のヒトの属性Phenotypeに左右される。また遺伝子の発現(メッセンジャーRNA(mRNA)の)量は同一個体でも臓器や組織で違いがある。したがってmRNAをもとに生成されるタンパク質の量も当然、臓器や組織で違ってくる。それは薬の作用に違いをもたらす。それゆえSNPが認められる遺伝子のヒトの体組織ごとの発現(すなわちメッセンジャーRNAの)量に関するデータベース(Genotype-Tissue Expression, GTEx)の整備も進められている。ブロード研究所Broad InstituteのGTEx Portalは、その例である。

計算創薬の肝というべき課題は、薬物の標的と目される生体分子と薬物分子との結合解析Docking Studyであるが、ファーマコジェノミックスにおけるバイオマーカーの探索や、Drug-Gene Pairsの発見には、それと同じような技法が使われている33),34)。具体的には、代表的な薬物代謝酵素群であるCYPやHLAタンパク質と薬物分子との3次元の結合解析Docking Studyのような研究である35)。最近はさらに、薬物標的としてはもっとも注目されている膜タンパク質であるGPCRの遺伝的な多型をしらべ、そこからタンパク質としての構造的な多様性を演繹し、薬分子との結合性の違いをしらべるというような計算を含む研究も行われている36)。このような研究は、がんにおけるキナーゼKinaseや代謝性疾患における核内受容体Nuclear Receptorsのようなよく知られた薬物標的分子の遺伝的、構造的多様性と薬物との結合を網羅的にしらべる試みに広がるだろう。そこでは低分子化合物によるタンパク質同士の相互作用の阻害の解析などの課題もある。ただ、そのためにはタンパク質をコードしている遺伝子多型とタンパク質構造の変化をしらべる必要があるが、ここではクライオ電子顕微鏡など新しい技術の進歩が期待される。

適薬と意思決定を支援するD2Kサイエンス

繰り返しになるが、今やファーマコジェノミックスは、ゲノムデータだけでなく、随伴する他のオミックスの知識をも活用し、有効性や副作用を含む薬分子と生体との相互作用に関わる分子レベルの知識を統合的に整理する方向に発展している。その先には、それらのデータや情報や知識を、臨床での意思決定に役立てられるような医療(サービス)の基盤環境を整備する事業がある10)。そのような事業は、病院のような医療サービスの提供者とファーマコジェノミックスを含む基礎的な研究機関との(国を越えた)共同事業に発展している。

そうした知識基盤は、製薬企業における薬の開発でも重要な知的資源になっている。多くの薬の開発は、効果が不十分なことから中止される。だから開発の早い段階(治験)において、薬の候補化合物によい応答性を示す被試験者(Responders)を選別することが重要である37)。薬の開発費用は、後の段階に行くほど急上昇するからだ。ここでは実際に薬が使われて起きる副作用(危害)を早い段階で予防するという意義もある。

適薬の本当の舞台は医療機関で行われている臨床現場である。そして「薬が適切に使われているか、あるいはいたか」の判断は、臨床の記録をしらべることによってしか行われえない。そのような調査は、臨床を場とする研究に他ならない。しかし、そうした研究の基盤になるデータを揃えること、あるいは入手することは、極めて困難である。

一方、臨床における適薬のための意思決定では、使われる薬に関わる予め蓄積しておいた(Preemptive)な情報知識と、患者の薬への応答性に関わる知見の双方を基になされなければならない。ファーマコジェノミックスは、前者の知見を用意するための主要な研究事業であり、ある程度予測的に臨床で使える基盤データや判断知識を蓄積しておくことが可能である。ところが後者の知見は、実際に患者と出会ってから収集しなければならない。しかもそれは一般に、医学研究としてではなく臨床実務でなされる必要がある。この意味で、製薬企業あるいは病院、あるいは研究機関が、あらかじめ用意できるDrug-Gene Pairsの知識は必要ではあるが決して十分ではない。それでもDrug-Gene Pairsにすでにリストされている遺伝子試験の普及を図る必要はあるだろう。 薬の効果を左右する要因は、他にも沢山ある。生体内の時計機構によっても変化するし、併用されている他の薬の有無、さらに食事や、生体が存在する近傍の環境Ambient Environmentによっても変化する。後者については腸内細菌など共生細菌や、呼吸で取り込まれる空気などが含まれる(図4)。腸内細菌がそうであったように、そこにはこれまであまり関心をもたれてこなかった研究領域も残されているだろう。たしかにPGxの研究は視野を拡大しつつ深化しているが、適薬のために揃えるべき知識、情報、データは量と質とにおいて拡大している。その動きは急であり、臨床における実践がその成果を取り込むことは容易ではない。

そこで最近は実世界データ(Real-World Data, RWD)と呼ばれる実際の診療記録を、治験のような厳密に管理されたデータと組み合わせて、何らかの臨床的な研究に活用する試みが、医薬品開発においても注目されている。また、これまでのPharmacokineticsとPharmacodynmicsのモデルに、さらに費用を考慮したモデル(Pharmacokinetic-pharmacodynmic-pharmacoeconomic models, PK-PD-PE models)づくりへの関心も高まっている38)。ここでは、患者参加型のディジタルヘルスの潜在力を活用しようとする動きもある。

適薬への計算機応用の指導理念はウィナー(N. Wiener)が提唱したサイバネティクスである39)。それは制御理論の源流であり、線形計画法(Linear Programming, LP)、二次計画法(Quadratic Programming, QP)、動的計画法(Dynamic Programming, DP)などが知られている。QPは機械学習の一種であるサポートベクターマシン(Support Vector Machine, SVM)の基礎になっており、DPは塩基やアミノ酸などの配列比較のアルゴリズムとして使われている。また痛風の治療薬の最適な使い方に応用されている5)。だが、最後の事例のような臨床における医師の治療行為(薬の使い方、意思決定)を最適にするための研究は、まだ人気が高くないようだ。

ここでの問題の一つは、「適切な」とか「最適な」というような価値観をどのように計量化するかである。しかも、その価値観はサービスの提供者(医師)と受け手(患者)で同じにならないかもしれない。さらに実際的な問題は、同時に考慮すべき因子(変数)が沢山あることだ。例えば、ある時点で乳がんの専門医が行う医療行為に伴う意思決定では、同時に200ほどの因子を頭に浮かべるという(ある専門医の講演における発言)。

以上は適薬をめざした意思決定を支援するD2Kサイエンティストが出会う課題の一部に過ぎない。そうした意思決定が適切になされるために必要な因子やデータを迅速に提示する仕組みを構築するには、さらに桁違いの労力がいると思われる。

適薬の未来

適薬という考えを概略説明してきた。ここでは、それらをまとめつつ未来を考えてみたい。最初に適薬の英語訳について考えてみたい。適薬の目標は、“the right drug at the right dose to the right patient”という3つのR(適切さ)だ。すなわち「薬の適切な使用の実践」である。米国の精密医療Precision Medicineの牽引役というべきNIHの責任者であるコリンズ(F. S. Collins)らは、「Precision Medicineの最初の目標は、がんの精密治療Precision Oncologyであり、それに続くのがpharmacogenomicsに基づいた“the right drug at the right dose to the right patient”を、より多くの疾患領域で実現することだ」、と述べている3)。その威を借りるわけではないが、近未来に実現すべきこの第2の目標は、まさに適薬の概念そのものでもある。

ところでMedicineには医療という意味と薬という意味がある。一般にPrecision Medicineという時は、精密医療というような意味に使われる。だが適薬は、薬の使い方をより精密にすることを目標とする。その意味では、“もうひとつのPrecision Medicine”だと言うこともできる。さらに言えば、この小論で紹介したように、がんの精密治療は、まさに適薬研究の最先端領域になっている。そこで磨かれた方法論は、他の疾患領域にも活用されていくであろう。

適薬の研究は、「科学技術の成果を我々の生活にどう活用するかに関する科学と技術」の例である。その意味で Translational Research(TR)そのものだ。だがTRの重要性が認識され、そのための研究組織が意図的につくられはじめたのは、生物医学の領域においては、ごく最近のことである。現在の生物医学や医療の革新を先導しているゲノム解読技術とICTは、TRを先導する基盤技術でもある。いまや、この2つの基盤技術を基礎とするファーマコジェノミックスの長足の進歩が、適薬研究を先導するようになっている。

適薬の次なる目標は、焦点を生活者や患者に合わせることだ。ビッグファーマでは“Beyond the Pills”と共に、「患者中心“Patient centric”が合言葉になっている。薬という「もの」を売るのではなく、「健康へのソリューションを提供する」ことをめざしているというのだ。だから適薬の研究は製薬会社のフロンティア領域だということができよう。

おわりに:参加型ヘルスケアの視点から

今生活者は、健康維持や疾患の対策に食事や運動、睡眠、生活様式の工夫など、医師の処方箋を必要としない対処法(Non-Pharmacological Interventions、NPI)を活用することへの関心を高めている。こうした動きは、食事に関してはパーソナライズド・ニュートリッション(Personalized Nutrition)とも呼ぶべき「個人への適食助言」を実現するための研究につながる。そうした試みには栄養のゲノム学(Nutrigenomics, NGx)が踏み台になるだろう。生活者はまた、煙草の煙を含む自分たちの近傍環境や生活圏における環境化学物質などの影響にも関心をもっている。そこではトキシコジェノミックスが基盤になる。

現在の我が国では薬は厚労省、食は農水省、環境化学物質の安全性は複数の官庁にまたがって管理されている。だからPharmacogenomicsとNutrigenomicsとToxicogenomicsにまたがる研究の支援には、行政の壁がある。この意味では国の研究機関におけるTR事業には、いつも壁がある。だが科学つまり分子の世界では、食薬毒は三位一体の関係になっている。だから適食、適薬、毒物への適切な対処の研究は、本来行政の壁に関係なく進めるべきである。私たちはそうした研究を、「食薬毒三位一体の健康科学」と呼んでいる。生活者がこうした研究の必要性を認識し、それにいささかでも関わることが、「薬を越えた」適薬の次の目標になるだろう。謝辞:この小論の原稿を読み、有益なコメントを下さった関係者に深謝する。

謝辞:この小論の原稿を読み、有益なコメントを下さった関係者に深謝する。


参考文献

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PROFILE
神沼二眞

神沼 二眞 氏

1940年神奈川県に生まれる。国際基督教大学、イェール大学、ハワイ大学に学ぶ。物理学でPh.D.(博士号)。1971年から、日立情報システム研、東京都臨床研、国立医薬品食品衛生研究所に勤務。パターン認識、医学人工知能、医療情報システム、生命情報工学、化学物質の安全性などの研究に従事。1981年には理論的な薬のデザインなどをめざす産官学の研究交流組織(現在のCBI学会)を設立。その後、広島大学および東京医科歯科大学で学際領域の人材養成に当たる。2011年にNPO法人サイバー絆研究所を設立。

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