TME iLabと空間オミックス:アステラス製薬が描く新たな創薬の可能性

アステラス製薬の事業内容・研究体制

 アステラス製薬は科学の進歩を患者さんの「価値」に変えることを目指すグローバルライフサイエンス企業です。疾患の原因に直接働きかける革新的な治療法の継続的な創出を目指し、特にがん免疫、再生と視力の維持・回復、遺伝子治療、標的タンパク質分解誘導を重点領域として研究を進めています。

2023年10月、アステラス製薬は千葉県柏の葉にがん免疫研究のオープンイノベーション拠点、TME iLabを設立しました。「TME iLab」ではOrion(RareCyte社, 国内初号機)CosMx SMI(Bruker社)Xenium Analyzer(10x Genomics社)などの最先端の空間オミックス装置が稼働し、難治性がんにおいて課題となる腫瘍微小環境に関する新たな知見の獲得に取り組んでいます。

空間オミックスの重要性

 がん細胞を含む組織塊を「腫瘍」と言い、腫瘍の中で起こっている生物学的現象を「腫瘍微小環境」と呼びます。言うまでもなく、がんの治療薬の創出にはこの「腫瘍微小環境」を精緻に解析することが必須です。これまではflow cytometryやsingle cell RNA-seqといった腫瘍を一細胞レベルにまでバラバラにして解析する研究が盛んに進められ、腫瘍の中にはがん細胞以外にも多種多様な機能を持つ細胞集団が存在することが解明されてきました。しかしこれら方法ではそれぞれの細胞の腫瘍内での位置関係が不明であるため、腫瘍内での相互作用の様子を予測することには限界がありました。それを解決するために近年開発されている方法が「空間オミックス解析」です。1枚の腫瘍切片上で複数種類のタンパク質やRNAを一度に検出することにより、個々の細胞がどのような機能を有しているか、どのような機能を有する細胞と近接しているかを同時に解析することができるようになりました。我々はヒト臨床検体の空間オミックス解析により、新たな創薬標的が発見できることを期待しています。また、ある薬剤の投与前後の腫瘍を比較することでその薬剤の作用機序を検証し、その薬剤と相性の良い併用薬の同定に繋げたいと考えています。

ヒト胃がん検体の染色像

ヒト胃がん検体の染色像(Orionにて撮像)
ピンク:CD8a オレンジ:CD4 赤:Granzyme B 黄:alphaSMA 青:CD20 緑:CD68 シアン:Pan-Cytokeratin

オープンイノベーションの場としてのTME iLab

 科学の進歩により良い薬が複数創出され、検査・予防を含む広義の医療体制が整備され、がんの5年生存率は飛躍的に改善しました。その結果、我々人類はより複雑な病態に挑むことができるようになりました。薬の形(モダリティ)も、低分子化合物、抗体、細胞、mRNA、ウイルスなどと非常に多様化し、それぞれ複雑化しています。そのため製薬会社が創薬研究を進める上で、アカデミア、バイオベンチャー、中核病院など社外と提携することの重要度はますます高まっています。

アステラス製薬は柏の葉TME iLabが社外交流、オープンイノベーションの場として活用されることを期待し、Orion、 CosMx、Xeniumの利用を非共同研究下で社外研究者に開放しています。空間オミックス解析を通じた研究者間のフランクなコミュニケーションが新たな価値創出の種になることを期待しています。


著者: 中尾 慎典 (アステラス製薬株式会社 イムノオンコロジー TMEリサーチヘッド)