第2回:えっ、新薬開発の成功率ってこれだけ?

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~えっ、新薬開発の成功率ってこれだけ?~

前回、医薬品の種類と特許の話をしましたので、今回の主役となる「新薬」が医療用医薬品のうちの先発医薬品のこと、だということは覚えていますね。先発医薬品(新薬)とは、「新しい効能や効果を有し、臨床試験(いわゆる治験)等によりその有効性や安全性が確認され承認された医薬品」ですので、日本で新薬を販売するためには、厚労省に医薬品の有効性や安全性を確認した臨床試験の結果を添えて承認申請を行い、審査を受けて承認される必要があります。しかし、研究開発の途中で有効性や安全性が確認できず脱落する開発品が続出し、最終的に承認申請にまでこぎつけるのはほんのわずか。新薬開発の成功率は驚くほど低いのです。
今回は、新薬の開発とその成功率について詳しくお話ししたいと思います。

第2回:えっ、新薬開発の成功率ってこれだけ?
~医薬品と特許を切り離せない理由~

新薬の開発は、厚労省に申請を行う際に提出するデータをそろえるため、以下の図に示す流れで行う必要があります。自動車や家電の様な他業種の製品とは全く異なるので、初めて見ると驚くのではないでしょうか。まずは、医薬品の有効成分となる物質を探索する基礎研究から始まります。図の一番左端ですね。

新薬開発プロセス図

基礎研究:2~3年

基礎研究では、医薬品として効果を発揮する有効成分となりうる候補化合物を探すため、スクリーニングにより特定の活性を有する化合物を選択し、化合物の物理化学的性状を研究します。スクリーニングとは、簡単に言うと薬として効果がありそうなものをふるい分ける作業です。基礎研究の期間は2~3年といわれています。

非臨床試験:3~5年

続いて、基礎研究で得られた候補化合物について、動物や培養細胞を用いて有効性と安全性を確認する非臨床試験を行います。非臨床試験の期間は3~5年といわれています。有効性とは、将来医薬品として承認されたときの効能及び効果となるものであり、安全性とは毒性のことです。基礎研究で出てきた候補化合物のうち、非臨床試験を通過して開発のテーブルに残るのはおよそ1万化合物中の1つ、0.001%という確率です※1

臨床試験(治験):3~7年

非臨床試験が終わると、いよいよ臨床試験(治験)に移ります。臨床試験では、非臨床試験を通過した化合物のヒトでの有効性と安全性を確認します。動物では効果があったけれどヒトには効かなかった、という場合も大いにありえますのでまだまだ安心できません。

臨床試験には、第1相(Phase I)、第2相(Phase II)、第3相(Phase III)の3つの段階があり、病院などの医療機関で健康な人や実際の患者さんを対象に、本人の同意を得た上で行われます。
第1相では比較的少人数の健康な人を対象に副作用等の安全性について確認を行います。続く第2相では、少数の患者さんを対象に有効で安全な投薬量や投薬方法を確認します。ここで、有効性が確認できないとか、安全性に問題がある場合、開発中止の判断をせざるを得なくなります。

第2相が終了すると第3相に入りますが、第2相を無事終了するとニュース記事に取り上げたり、その医薬品を開発している企業の株価が上がったりします。それだけ臨床試験の第2相を突破するということは医薬品開発において大きな意味があるということなんですね。
第3相では、多数の患者さんを対象に有効性と安全性について既存薬と比較した試験が行われます。臨床試験の期間は、3~7年といわれています。臨床試験の成功確率はおよそ50%、つまり基礎研究からの成功確率は0.01%の50%で0.005%ということになります。

申請と審査:1~2年

臨床試験を通過したら、試験の結果を添えて厚労省に医薬品の製造販売承認の申請を行います。その後、PMDA(独立行政法人医薬品医療機器総合機構)にて審査が行われます。審査の期間は、1~2年といわれています。

承認と薬価収載

PMDAでの審査を通過すると、厚労省が医薬品の製造販売を承認します。この段階でようやく医薬品を製造することができるようになりますが、まだ販売することはできません。第1回でお話ししたように、保険適用対象となる医薬品の価格(薬価)は、厚労省により設定されます(これを「薬価基準収載」といいます)。承認を取得した後、厚労省に薬価基準収載希望書を提出し、薬価が設定され薬価基準に収載されると、ようやく医薬品の販売を開始(上市)することができます。

基礎研究から承認までの期間を合計すると9~17年になります。また費用は数百~数千億円かかると言われています。このように、新薬の研究開発には長い期間と莫大な費用がかかるのですが、成功率は0.005%と驚くほど低いのです。そのため、新薬を開発する企業は、特許を最大限に活用して他の先発企業の類似化合物による参入を防ぎ、後発品の参入を一日でも長く遅らせ、より多くの利益を上げて投資を回収しなければなりません。

先発企業が、同様の効果を有する競合他社の新薬に対して訴訟を起こしたり、先発対後発医薬品の特許を巡る争いが起きたりするのは、まさにこのような背景を反映しているのです。医薬品業界では、特許無しの“丸腰”では戦うことができませんので、製薬企業は、特許権により保護できる化合物(あるいは薬効)のみを開発します。これが、医薬品と特許を切り離せない理由なのです!

さて、特許を敬遠していた皆さんも、「もう少し知りたい」という気持ちを押さえられなくなっているのではないですか?ご安心ください!次回は、どうすれば特許を取れるのかについてお話しします。お楽しみに。

※1 出典:「医薬品産業ビジョン2021 資料編」厚生労働省 12頁(https://www.mhlw.go.jp/content/10800000/000831974.pdf


著者プロフィール

田中康子

田中康子
エスキューブ株式会社代表取締役/エスキューブ国際特許事務所代表・弁理士
株式会社ストラテジックキャピタル社外取締役、東京農工大学大学院非常勤講師、知的財産権訴訟における専門委員

帝人、ファイザー、スリーエムジャパンの知的財産部にて、国内外の知財実務、知財戦略構築、契約交渉、知財教育、各種プロジェクトマネジメントを経験。2013年4月に、知財の活用による日本企業の国際競争力強化を目指して知財コンサル会社「エスキューブ株式会社」を設立、同年8月に権利化を含めたシームレスなサービスを提供すべく特許事務所を設立し現在に至る。1990年3月千葉大理学部化学科(生化学)卒。

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