ライフサイエンス分野のやさしい知財入門
米国の様な訴訟大国とはことなり、日本では特許訴訟はそれほど多くありません。しかし、ライフサイエンス分野では少し事情が違います。今年5月に、東レの止痒剤「レミッチ」を巡る先発対後発の特許訴訟では、200億円を超える損害賠償を命じる知財高裁判決が出され、大きく報道されたのは記憶に新しいと思います。さらに、つい先日(2025年10月21日)は、旭化成ファーマが、骨粗鬆症治療剤「テリボン」の特許訴訟で沢井製薬から和解金40億円を受領したというニュースが飛び込んできたところです。戦国時代さながらの戦いの様子がよくわかりますよね。この分野でお仕事をされている皆さんは、いつ訴訟に巻き込まれてもおかしくない状況です!
今回は、特許訴訟に備えて、「特許侵害で訴えられたら?~知っておきたい訴訟の流れ~」と題して特許訴訟についてお話ししたいと思います。
第6回:特許侵害で訴えられたら?
~知っておきたい訴訟の流れ~
特許侵害とは?
特許侵害(正確には「特許権侵害」)は特許法で、次のように定められています。
『権原なき第三者が、業として特許発明の実施をすること(特許法第68条、同2条3項)』
「権原なき第三者」とは、特許権者と関係が無く、何らの実施権(ライセンス)も有していない者を示します。「業として」とは、わかりやすくいうと事業として、もっとわかりやすくいうと商売として、ということです。「特許発明」とは、特許公報の「特許請求の範囲」に記載された発明のことで、以下の図に示すように「ナルフラフィン塩酸塩を含む止痒剤」のように記載されています。特許公報については第3回で紹介していますので読んでない人は是非ご覧ください。

「実施をする」とは、わかりやすくいうと製造販売等をすることをいいます。
特許訴訟(特許権侵害訴訟)とは
特許権を侵害する者、あるいは侵害するおそれがある者に対して、その侵害行為を中止すること(差止)、侵害により被った損害を賠償すること(損害賠償)等を請求する訴訟です。侵害行為は、特許権を侵害する製品を製造販売する行為ということになります。
訴訟を提起する場合、まずは東京地裁または大阪地裁に訴状を提出します。
訴訟の流れ
訴訟の流れを、以下の図を参照しながらみていきましょう。訴訟は、原告(特許権者)が裁判所に訴状を提出することから始まります。裁判所は、訴状に記載された被告に、訴状を送ります。特許訴訟では、原告は被告に対して、私たちの特許権を侵害しているので、侵害行為をやめるよう主張します。特許権侵害による損害を賠償するよう主張することもあります。これに対して被告は、特許権を侵害していないとか、そもそも原告の特許は無効だという主張をします。
裁判所は双方の言い分を聞いたうえで、被告が原告の特許権を侵害しているかどうか、特許が無効だという主張がされた場合は、原告特許が有効なのか無効なのか、について審理します。そして、結論がまとまると判決を下します。
被告が特許権を侵害しており、原告の特許が有効だと判断されれば、原告の請求が認められる(請求認容)判決がされ、被告が特許権を侵害していない、あるいは原告の特許が無効と判断されれば、原告の請求が認められない(請求棄却)判決がされることになります。

判決に納得がいかない場合
地裁の判決に納得がいかない場合は、高等裁判所に控訴することができます。特許訴訟を審理するのは、知的財産高等裁判所(知財高裁)です。さらに、知財高裁の判決に納得がいかない場合は、最高裁判所に上告(または上告受理の申立)をすることができます。ただし、最高裁はすべての事件を受理することはせず、特許訴訟の場合は不受理になることがほとんどです。
訴訟の終わりは?
訴訟は、さらに訴える手段がなくなり、もうそれ以上争うことができなくなった時に終了します。これを、「事件が確定する」といいます。確定すると、裁判の結果が最終的に法的な効力を持ち、判決に従わなければならなくなります。
冒頭でご紹介した「レミッチ」事件は、現在最高裁に上告されていてまだ結論が出ていませんので確定していません。一方の「テリボン」事件は和解が成立していますので、裁判所が作成した和解調書により事件は確定しています。つまり、沢井製薬は旭化成ファーマに和解金を支払わなければならない状態になったということです。
特許訴訟を起こされたらどうする?
裁判所から訴状が届いたら、内容を確認して代理人(弁護士)を探します。非常に専門的な手続きですので、医薬品の特許訴訟の経験豊富な弁護士に依頼しましょう。弁護士に加えて、医薬品技術に詳しい弁理士に補佐人として協力を仰ぐのもおススメです。
つづいて、弁護士らと共に訴状の内容を精査し、自社製品が原告特許権を侵害しているかどうかと、原告特許の無効可能性を検討します。訴訟と並行して、特許庁に無効審判を請求して原告特許をつぶすという作戦も有効です。
えっ、特許をつぶす?と、驚かれた方もいるかもしれません。無効審判で特許をつぶすのは、訴訟のカウンターアクションとして最も用いられている手段なんですよ!
というわけで、次回はライフサイエンスビジネスを阻む特許の攻略術として、特許をつぶす無効審判についてお話しします。お楽しみに!
著者プロフィール

田中康子
エスキューブ株式会社代表取締役/エスキューブ国際特許事務所代表・弁理士
株式会社ストラテジックキャピタル社外取締役、東京農工大学大学院非常勤講師、知的財産権訴訟における専門委員
帝人、ファイザー、スリーエムジャパンの知的財産部にて、国内外の知財実務、知財戦略構築、契約交渉、知財教育、各種プロジェクトマネジメントを経験。2013年4月に、知財の活用による日本企業の国際競争力強化を目指して知財コンサル会社「エスキューブ株式会社」を設立、同年8月に権利化を含めたシームレスなサービスを提供すべく特許事務所を設立し現在に至る。1990年3月千葉大理学部化学科(生化学)卒。

