初めての渡米とPITTCONでの体験(1984年頃)
私が初めて仕事で渡米したのは1984年くらいのPITTCONだった。
HPLCのフォトダイオードアレイ検出器(PDA検出器)が発売される直前だったかと思う。
アトランティックシティーはボードウォークとカジノの街。
朝食がとにかく美味しいと感じていた。
オレンジジュースが特に新鮮で、ミルクもバターのLow Fatという表示はどこにも無かった。
ベーコンがカリカリで、帰国して自宅で真似してみるが、どうしても再現は出来なかった。
一方で東海岸では和食は今ほどポピュラーではなかった。
4日ほど毎日似たようなアメ食だと飽きてくる。
衝撃のお粥寿司と「和食レストラン」体験
和食が食べたいと言うと、現地の担当マネージャーが気を聞かせて日本レストラン(と名乗る)を予約してくれた。
数人で押しかけたまでは良いが、出てきた寿司はまるでお粥のようなシャリに、色素が溶け出したようなタクワンが巻いてある。
鼻にツンとくる悪質な酢の匂い。
「どこが和食なの? まるでゲテモノ」
声を揃えて数人の同行者がハモってしまうではないか。
それにしても、あのお粥寿司はどうやって創るのだろうか? 今でも謎である。
巨大餃子とケチャップ事件
翌日に挽回しようと今度は中華に挑戦するが、この店、お酒の販売許可をとってない。
そのような店は今でも存在するので、最近では事前に確認してから予約するが、当時は仕方ないので紹介され近くの酒屋でビールを仕入れて持ち込む。
ウェーターは早口でやかましく、何を言っているのかまったくわからない。
注文した餃子が出てきたが、まるでバナナくらいの大きさだ。
ウェーターは右手に大きなケチャップをもっており、「This is special spicy sauce today, Enjoy dinner!!」と早口でまくし立て、みんなが「あああ~っ!」という間もなくその大きな餃子にドボドボとケチャップをかけられてしまった。
「どこがSpecial Spicy? ただのケチャップやないか」
大阪から同行した同僚が呟くが、もうどうしようもない。
サンフランシスコでの最後の朝食
旅の終わりに立ち寄ったサンフランシスコのホテル日航(Hotel Nikko San Francisco)にある和食朝食で出された納豆を、その同僚は得意げに糸が引くまでかき混ぜていた。

プロフィール
岩瀬 壽 氏
一般社団法人日本分析機器工業会(JAIMA)
ライフサイエンスイノベーション担当アドバイザー、
バイオディスカバリー株式会社 代表取締役社長&CEO。
1951年東京都生まれ。日本大学理工学部工業化学科卒。
メルクジャパン、日本ウォータズ、日本ミリポア、日本パーセプティブ、
アプライドバイオシステムズ、バリアンテクノロジーズ、
アジレントテクノロジーなどで分析機器・バイオサイエンス機器の
経営・マーケティングを経験。
2001年バイオディスカバリー(株)設立。
2013年より日本分析機器工業会(JAIMA)
ライフサイエンスイノベーション担当アドバイザー兼任。


