しかし変化はさらに加速度的になり、さらなる大波が第2革命にかぶさってきている。その象徴のひとつが、情報の世界ともの(づくり)の世界との結合IoT(Internet of Things)の発想だ。もうひとつの象徴は人工知能である。以上3つの大波が渦になった変化が、ネットの第3革命だ。それは、これから10年から15年後ぐらいに本格化するように感じられる。それによってものづくりや社会のサービスも大きく変貌すると予測される。その変化を象徴するキラーアプリケーションが、自動運転車である。その象徴であるテスラ・モーターズの時価総額は、この4月にGMを上回ったという。だが、同社の年間の販売台数は、まだたった10万だ。もうひとつ変革が期待されているのが、がん治療薬開発や認知症予防などに象徴されるヘルスケアだ。
当然、統計学、確率論を基礎にした多変量解析の様々な技法が試された。例えば、主成分分析、パーセプトロン、線形判別法、今日ではSupport Vector Machine(SVM)と呼ばれているDZM(Dead Zone Maximization)技法、より一般的なクラスタリング技法など、幅広い研究がなされているが、それらは今日でも使われている。当時ハワイ大学の渡辺慧教授の研究室にいた私もそうした研究の世界にいた。
1970年の初めには、米国の計算機と医学分野の若手研究者たちが、人間の経験的な知識を機械的に実行できるように論理的な形式に整理して推論を実行する計算機システムの研究を始めた6)。それは人工知能の一部で、エキスパートシステム(Expert System)とも呼ばれた(命名したのは渡辺研究室からRutgers大学に移ったC. A. Kulikowski)。1971年に帰国して日立の研究所にいた私のグループも、心臓病の専門医の経験知識をルールベースで表現する鑑別診断システムを開発していた。このシステムは、知識をデータのように取り扱い、そのまま判定に使うという知識システムの走りでもあった(図2)。
薬の研究開発にICTを活用する究極の目的は、研究開発の生産性の向上であろう。この領域には、例えば実験室へのロボット(自動機械)や計測機器からのデータを扱うLIMS(Laboratory Information Management System)の導入があり、さらに研究者の思考を支援するChem-Bio Informatics技法もすでに40年近く親しまれている。それが今、IoTや新しい人工知能的な計算技法によって、さらに革新されようとしている。
だが、新しい人工知能的な計算技法を揃えれば、それでよい薬が開発できるわけではない。研究者にはそれらの技法を使いこなす深い専門知識(Domain Specific Expertise)と経験と洞察力が求められる。そうしたことはQSAR研究でも、精密な分子計算による結合解析Docking Studyでも、専門家にはよく知られたことだ。この意味でこれからの人工知能も専門家を助ける存在であることに変わりはない(図4)。
この定式化に関わる学問は制御理論(Control Theory)になる20)。動的計画法の開発者として著名なベルマン(RichardBellman)は、“医療はすべて制御理論の対象になる(All medicine is control theory!)”という至言を残している。パターン認識や人工知能の課題と制御理論の違いは、後者が「最適あるいは、できるだけそれに近い対策を考える」という意味で、人間の価値観と不可分に結びついていることだ。だからまったく機械的に実行することはできない。このことは医療の本質に関係している。極端なことを言えば、最適な対処(サービス)は個人(の価値観)に依存するから、最適な治療をめざすという思想は個別化医療(Personalized Medicine)につながることになる。
だが、薬を適切に使う責任は医師にある。ただし、それは医師の仕事の一部に過ぎない。一般に医師にはもっと複雑な状況判断と意思決定が求められる。米国のメイヨクリニック(Mayo Clinic)は、医師を始めとするサービス提供者がよりよい意思決定ができるように支援するシステム(Decision Support System, DSS)の開発を試みている21)。DSSは80年代のエキスパートシステムの研究課題であった。それが今、規模を大きくして再挑戦されるようになってきたと言える。
こうしたプロジェクトで注意すべきことは、基盤となる知識が急激に拡大、変化していくことである。それはがん研究の進歩を考えれば当然であろう。何が適切な診療かも、それによって迅速に進化していく必要がある。それがRapid Learning Health Care Systemの概念だ。こうした思想はすでに次世代ヘルスケアを先導する基本理念になっている(図5)。上で紹介したメイヨクリニックのシステムはこの理念を先取りしている。
以上、薬づくりと次世代ヘルスケアへの応用を念頭に置きながら、人工知能の昔と今の話をしてきた。新しい人工知能として紹介したのはWatsonと深層学習であるが、それ以外の多様な動きがあることは想像に難くない。ただ、これまでの事例では、現在の人工知能の新しい波の驚異の実態は、理論やモデルの斬新さではなく、センサーや計算機の進歩にある。また、「相変わらず」と感じられるのは、ICTのとくにD2K(data to knowledge)サイエンスの若手の人材養成と仕事の機会が乏しいことだ。さらに彼らがこれまでの薬づくりや健康医療の専門家たちとイコールパートナーシップの下で力を発揮できるような職場環境づくりが絶対に必要だが、そのことがあまり認識されていないことだ。新しい人工知能の研究のための(国際的な競争の視点では)貧しい計算環境を改善することも緊急の課題だ。
神沼二眞、倉科周介訳:診療コンピュータシステム,文光堂、1981。(原著E.H.Shortliffe: Computer-Based Medical Consultations: MYCIN, Elsevier,1976;とくに翻訳者のあとがき参照)
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