ライフサイエンス分野のやさしい知財入門
前回(第6回)は特許訴訟についてお話ししました。特許侵害で訴えられた際の最強のカウンターアクションは「特許をつぶす(特許を無効にする)」ことです。特許を無効にすることができれば、特許侵害の根拠となる権利が無くなりますので、訴えは成立しなくなります。読者の皆さんの中には「特許庁で審査されて取得した特許権をつぶすってどういうこと?」と疑問に思う方もいるでしょう。鋭い指摘です。しかし、特許庁といえども全く隙の無い完璧な審査を行うことは不可能です。そのため、本来は無効である特許権に基づいて訴訟を起こされることがあり得ます。無効な権利によってビジネスを阻まれるのは理不尽ですよね。そこで、特許権を巡る紛争を解決するための手段として「特許無効審判」という仕組みがあります。ライフサイエンス分野、特に先発対後発医薬品の戦いにおいては、ビジネスを阻む特許の攻略術として活用されています。
今回は、「えっ、特許をつぶす?~ライフサイエンスビジネスを阻む特許の攻略術~」と題して特許無効審判についてお話ししたいと思います。
第7回:えっ、特許をつぶす?
~ライフサイエンスビジネスを阻む特許の攻略術~
特許無効審判とは
特許無効審判(無効審判)とは、すでに登録されている特許に対して、特許性がない(無効理由がある)ことを主張して、特許庁において特許の有効性を争う手続きです。分かりやすくいうと、特許をつぶす手段です。
「特許性」は第3回でお話しした「特許要件」のことで、代表的なものに、新規性(これまでに知られていなかった)や進歩性(これまでの発明に比べて進歩しているか)があります。無効審判では、これらが特許を無効にする理由(無効理由)になります。
だれが無効審判を請求できるか
無効審判を請求できるのは、審判を請求しようとする特許について、利害関係のある者です。利害関係がある者とは、例えば、特許権侵害で訴えられた人や、審判請求対象の特許発明と類似の製品を製造販売している人等です。先発医薬品メーカーの特許について、後発医薬品メーカーは利害関係があるといえますが、自動車メーカーは利害関係があるとはいえません。審判を請求する者を「審判請求人」といいます。
いつ審判請求できるか
特許が登録されていれば、いつでも請求することができます。さらに特許期間が満了した後も請求可能です。第6回で触れたように、特許権侵害訴訟では差止請求や損害賠償請求がされます。差止請求は、現在進行中の侵害行為の停止を求めるものですが、損害賠償請求は過去に遡って行うことができます。そのため、特許期間が満了していても過去の損害の賠償を求められている場合は、原告の特許を無効にすることに大きな意味があります。
無効審判はどのように進むか
(1)審判請求
無効にしたい特許の番号と無効理由を記載した審判請求書を特許庁長官に提出します。その後特許庁長官は、特許権者に審判請求書の副本を送ります。これを受け取った特許権者は、反論(答弁書の提出)や特許発明の内容の修正(訂正請求:無効を回避するために有効)を行います。つづいて、特許庁で、3名の審判官で構成される審判合議体が両者の主張を審理して争点をまとめます。争点がまとまると口頭審理へと進みます。
(2)口頭審理
口頭審理は、特許庁の審判廷といわれる部屋で行われます。裁判所の様な作りの部屋で、正面に審判合議体が、正面に向かって右側に特許権者が、左側に審判請求人が陣取って訴訟さながらに弁論が繰り広げられます。後方には傍聴席もあります。口頭審理は一般に公開されていますので、興味のある事件があれば傍聴してみるのも面白いですよ。予定表は特許庁のウエブサイトで公開されています。
(3)審決
口頭審理が終わると審判合議体は審理を継続し、審決をするのに熟したと認識した時点で、特許は無効だと考える場合は「審決の予告」(このまま特許権者の異論がなければ特許無効の審決をするという予告)を行い、特許は無効ではないと考える場合は「審決」を行います。「審決」により審判は終了します。「審決の予告」があった場合は、特許権者はさらに反論や訂正請求の機会を与えられます。訂正請求があればさらに審理が継続し、上記と同様の進行が繰り返されます。一方、訂正請求がない場合は審理の終了を告げる「審理終結通知」に続いて「審決」がされます。
(4)審決の後
審決に不服がある場合は知的財産高等裁判所(知財高裁)に上訴することができます。これを審決取消訴訟といいます。特許庁で始まった無効審判は、裁判所に場所を移して本格的な戦い(訴訟)に発展することになるのです!この後の流れは、第6回で紹介した訴訟の流れと同様です。
無効審判から裁判所での戦いに発展するなんて、特許の世界って熾烈ですね~!さらに、訴訟は、単に差止や損害賠償を求めるためだけでなく交渉のきっかけにするなど戦略的に活用されているんですよ。
というわけで、次回は訴訟を仕掛けてライセンス料で大儲けした「抗PD-L1抗体」の事例を紹介します。お楽しみに!
著者プロフィール

田中康子
エスキューブ株式会社代表取締役/エスキューブ国際特許事務所代表・弁理士
株式会社ストラテジックキャピタル社外取締役、東京農工大学大学院非常勤講師、知的財産権訴訟における専門委員
帝人、ファイザー、スリーエムジャパンの知的財産部にて、国内外の知財実務、知財戦略構築、契約交渉、知財教育、各種プロジェクトマネジメントを経験。2013年4月に、知財の活用による日本企業の国際競争力強化を目指して知財コンサル会社「エスキューブ株式会社」を設立、同年8月に権利化を含めたシームレスなサービスを提供すべく特許事務所を設立し現在に至る。1990年3月千葉大理学部化学科(生化学)卒。


