第8回:訴訟からライセンスで収益化~オプジーボ対キイトルーダの特許戦争~

Introductory Knowledge of Intellectual Property in Life Sciences – The Essential Relationship Between Medicines and Patents
             

ライフサイエンス分野のやさしい知財入門

 前回は、特許侵害で訴えられた際の最強のカウンターアクションである特許無効審判についてお話ししました。特許権を侵害する行為に対して訴訟を提起し、相手側は対抗手段として特許無効審判を請求する─これは特許を活用した最も激しい競争の例です。しかし、訴訟や審判は勝っても敗けても多くの時間とコストを伴い、企業にとって大きな負担となります。一方、特許権をライセンスし、収益を得ながら市場を拡大するというアプローチも存在します。この場合、いかに交渉を開始し、どのように合意形成へ導くかが課題となります。実は、この課題を巧みに乗り越え、競合と市場で共存しつつ収益化に成功したケースがあります。オプジーボとキイトルーダの事例です。
 今回は、「訴訟からライセンスで収益化~オプジーボ対キイトルーダの特許戦争~」と題し、世界的にも注目された二大抗体医薬品の特許をめぐる戦いを紹介します。

訴訟からライセンスで収益化
~オプジーボ対キイトルーダの特許戦争~

オプジーボ[注1]とは

 「オプジーボ」は、ニボルマブという免疫チェックポイント阻害薬で、がん治療に使われる抗PD-1抗体です。抗PD-1抗体は、T細胞の表面にあるPD-1という“免疫のブレーキ”に結合してがん細胞がPD-L1を使ってT細胞を抑制する仕組みをブロックします。その結果、T細胞が活性化され、抗がん作用が発揮されます。本庶祐先生と小野薬品工業が開発し2014年7月に世界で初めて日本で承認(悪性黒色腫(メラノーマ))されました。この功績により本庶佑先生がノーベル賞を受賞されたことはあまりにも有名ですよね。なお、海外ではBMSに特許をライセンスして共同開発しています。

オプジーボの特許

 本庶祐先生と小野薬品工業は共同で以下2件の特許を取得しました。日本特許の権利範囲(特許請求の範囲に記載された発明)は次の通りです。

特許1)特許4409430号「免疫賦活組成物」2003/07/02出願(期間延長あり:最大5年)
【請求項1】PD-1抗体を有効成分として含み、インビボにおいてメラノーマの増殖または転移を抑制する作用を有するメラノーマ治療剤。

特許2)特許5159730号「モノクローナル抗体」2003/07/02出願(期間延長あり:最大5年)
【請求項1】PD-1抗体を有効成分として含み、インビボにおいて癌細胞の増殖を抑制する作用を有する癌治療剤(但し、メラノーマ治療剤を除く。)。

 これらの特許は、有効成分の用途を特定した、いわゆる「用途特許」といわれるものです。
 有効成分は配列を特定した抗体ではなく「PD-1抗体」という機能(メカニズム)で特定されていますので、PD-1抗体であればニボルマブ以外の抗体も含むことになります。
 用途は、特許4409430号は「メラノーマ治療剤」、特許5159730号は「癌治療剤(メラノーマ治療剤を除く)」であり幅広い癌の治療剤を含みます。用途は医薬品の効能・効果に相当します。
 特許の出願日は2003/07/02ですので、20年後は2023/07/02となりますが、2件とも、第4回で紹介した特許期間延長制度を利用して延長しているので、特許満了予定日は2028/07/02です[注2]。

キイトルーダ[注3]

 「キイトルーダ」もまた、ペムブロリズマブという抗PD-1抗体です。ニボルマブとは、標的への結合部位(エピトープ)や抗体の配列(アミノ酸配列)が異なりますがメカニズムは同じです。MSDがPD-1に関する研究を応用して開発しました。米国では2014年9月に、日本では2015年7月に最初の承認(悪性黒色腫)を取得しました。

オプジーボ軍、世界中でキイトルーダ軍を訴える

 キイトルーダが承認を取得した後、オプジーボ軍(小野薬品・BMS)は、日本、米国、欧州(英国、オランダ、フランス、ドイツ、アイルランド、スペイン、スイス)、オーストラリアで、キイトルーダ軍(MSD)を特許権侵害で提訴しました。
 キイトルーダはオプチーボ特許を侵害しているのでしょうか?!

【図の説明(代替テキスト)を入れてください】

和解、そしてライセンス締結を発表!

 世界をまたにかけた大型訴訟の行方はいったいどうなるのか、と思われましたが、両軍の話し合いが進み、2017/1/20に以下の条件で和解して、ライセンス契約を締結したことが発表されました。

 キイトルーダ軍は、一時金として、6億2500万ドルをオプチーボ軍に支払う。さらに、ランニングロイヤルティーとして、2026年まで以下の金額を支払う:
2017年1月1日から2023年12月31日まで 全世界売上の6.5%
2024年1月1日から2026年12月31日まで 2.5%
(小野薬品とBMSの配分比率は小野薬品25%、BMS75%)

オプチーボ軍のプレスリリース:
ブリストル・マイヤーズ スクイブ社および小野薬品工業株式会社、PD-1抗体特許侵害訴訟についてMerck社と和解し、ライセンス契約を締結」(2017/01/23)

 オプチーボ軍の目的は、キイトルーダ軍を市場から排除するのではなく、ライセンス料を得て市場で共存することだったようです。BMSのCEOジョバンニ・カフォリオ(M.D.)氏は、プレスリリースで、「(中略)本日発表された契約は、さらなる研究の継続を後押しするものであり、世界中のがん患者さんの抗PD-1療法へのアクセスが確保されることから、患者さんにとっても良い結論です。」と述べています。

オプジーボとキイトルーダ、その後

 がん免疫療法の先駆けといえるこの二つの医薬品は、いまだに国内の医薬品売上げトップ10の常連です。2024年の医療用医薬品国内売上の1位はキイトルーダ(1649億円)、2位はオプジーボ(1645億円)でした。特にキイトルーダは2025年12月まで27か月連続首位を継続中です[注4]。BMSのCEOのコメントにあったように、まさにがん治療薬へのアクセスを拡大して多くの患者さんを救っているのですね。
 もしもライセンスではなく、オプチーボ軍が特許権侵害を主張し続け、対するキイトルーダ軍がカウンターアクションの無効審判で真っ向勝負をしていたら、どうなっていたでしょう?
 キイトルーダが差止められてオプジーボだけで十分な供給はできなかったとか、オプジーボの特許が無効になって、後発品がより早く参入することになっていたかもしれません。そう考えると、特許権を活用して収益を得つつ競合と共存することを選んだオプジーボ軍の戦略は、大成功と言えるのではないでしょうか?

 このケースは、先発対先発の特許戦争でしたが、先発対後発の特許戦争は後発品の承認を阻止するところからはじまるんですよ!
 というわけで、次回のテーマは「えっ、後発医薬品が承認されない?!~パテントリンケージって何?~」です。お楽しみに!


注1:「オプジーボ」は小野薬品工業株式会社の登録商標です。
注2:これ以前に満了になる延長登録もあります。
注3:「キイトルーダ」はメルク・シャープ・アンド・ドーム・エルエルシーの登録商標です。
注4:日刊薬業 2026/1/8 「キイトルーダ、27カ月連続の首位 12月度・エンサイスデータ」https://nk.jiho.jp/article/204604

著者プロフィール

田中康子

田中康子
エスキューブ株式会社代表取締役/エスキューブ国際特許事務所代表・弁理士
株式会社ストラテジックキャピタル社外取締役、東京農工大学大学院非常勤講師、知的財産権訴訟における専門委員

帝人、ファイザー、スリーエムジャパンの知的財産部にて、国内外の知財実務、知財戦略構築、契約交渉、知財教育、各種プロジェクトマネジメントを経験。2013年4月に、知財の活用による日本企業の国際競争力強化を目指して知財コンサル会社「エスキューブ株式会社」を設立、同年8月に権利化を含めたシームレスなサービスを提供すべく特許事務所を設立し現在に至る。1990年3月千葉大理学部化学科(生化学)卒。

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