ライフサイエンス分野のやさしい知財入門
前回は先発の特許戦略をご紹介しました。先発対後発の特許係争が激しくなる中、先発の特許戦略は進化を遂げ、特許期間延長制度、用途特許、そして分割出願を駆使して後発品をシャットアウトしようとしています。
相対する後発企業も負けていません。先発特許を潰す無効審判を請求したり、先発とネゴシエーションしたり、さらにパテントリンケージをかわしたりと、先発特許を切り崩すべく巧妙な戦略で対抗しています。
今回は、後発の特許戦略についてみていきましょう。
先発特許を切り崩せ
~巧妙な後発の特許戦略~
後発の特許戦略-基本
後発の特許戦略では、少しでも早い市場参入を目指すことが基本になります。つまり、少しでも早く厚労省に申請を行い、少しでも早く承認を得ることが重要です。では、いつから申請が可能になるのでしょうか?
後発品の申請が可能になる時期‐再審査期間の終了
少しでも早く厚労省に申請を行いたいのなら先発品が上市されたらすぐに申請すればよいではないか、と思われるかもしれません。しかし後発品の申請時期は、薬機法で規定された再審査制度により規制されており、先発品の再審査期間の終了後でなければなりません。
再審査制度とは、新薬(新医薬品)について承認後、一定期間が経過した後に、製薬企業が実際に医療機関で使用されたデータを集め、承認された効能効果、安全性について再度確認する制度をいいます(薬機法14条の4)。新薬(新有効成分を含む先発品)の再審査期間は8年で、医薬品の種類により4~10年となります。
再審査期間は、延長されることはあっても短縮されたり途中で消滅したりすることはありません。そのため再審査期間の終了が後発品申請のための鍵であり絶対条件になります。
後発品の承認が可能になる時期‐特許切れ
後発品の審査では「後発品が先発特許を侵害していないかどうか」を確認します。「このまま後発品を承認すると問題がある」と判断されると薬事的事項に関する審査はクリアできても、先発特許が切れるまで後発品は承認されません。これが第9回で紹介したパテントリンケージです。
特許期間は出願から20年(最大5年延長可)ですが、無効審判によって特許が潰されると最初からなかったものになります。そのため少しでも早く承認を得るためには、先発特許をくまなく調査し後発品承認の妨げになる特許を見つけたらあらかじめ潰しておくことが鍵になります。
巧妙な後発の特許戦略
再審査期間が終わり次第申請し、承認が可能になる時期をより早めて少しでも早く市場に参入するための巧妙な後発の特許戦略として、次の3つが挙げられます。
戦略1:先発特許を切り崩す-特許無効審判
戦略2:他の後発品より先に-特許無効審判を取り下げてライセンス
戦略3:パテントリンケージをかわす-虫食い申請
戦略1:先発特許を切り崩す-特許無効審判
再審査期間の終了から1年経っても先発の特許が残っていると、パテントリンケージで「このまま後発品を承認すると問題がある」と判断され後発品が承認されません。このような場合はあらかじめ特許無効審判を請求して承認予定日までに先発特許を潰すというのが後発の特許戦略の常套手段です。
無効審判は、審判請求から結論が出るまで少なくとも2~3年はかかりますので、承認目標時期からさかのぼって準備を進める必要があります。準備では、特許調査に加えて、どういう方針で特許無効を主張するかを綿密に検討する必要がありますが、このような作業にはかなり手間がかかります。無効審判も後発品開発の一部と捉えて時間や予算を確保しておくことが重要です。
戦略2:他の後発品より先に-特許無効審判を取り下げてライセンス
最近では、無効審判を、特許を潰すためだけでなくライセンス交渉の材料と捉えた戦略が取られています。他の後発企業に先んじて無効審判を請求し、特許が潰れそうになったところで特許権者(先発企業)にコンタクトして、審判を取り下げることを条件にライセンスしてもらうという戦略です。
審判を取り下げれば特許は元のまま残りますので、先発企業からライセンスを受けていない他の後発企業にとっては、この特許は後発品承認の妨げになります。その結果、最初に無効審判を請求し、先発とライセンス交渉して審判を取り下げた企業が、真っ先に後発品参入を果たすことができます。このようにして、先発企業と戦うだけでなく、他の後発企業より優位に立つ、という戦略も行われています。
戦略3:パテントリンケージをかわす-虫食い申請
先発品に複数の効能効果がある場合、その一部についてのみ先発の特許が残っているということがあります。このような場合は、特許が切れた効能効果のみによる、いわゆる「虫食い申請」をすることで、パテントリンケージをかわしてより早く後発品の承認を取得することができます。
「虫食い申請」により後発品が承認されると、医師の判断によるオフラベルユース(適応外使用)により承認を得ていない効能効果について後発品が処方される可能性があります。ここから新たな問題を誘発することがありますが、この点はまた別の機会に。
前回の先発の特許戦略に続く後発の特許戦略、いかがだったでしょうか?
次々と新しい戦略を生み出し、先発対後発の構図だけではなく、時には後発同士を意識した戦いはまるで戦国時代のようです。
というわけで、次回は、まるで戦国時代のような、先発対後発の特許をめぐる争いについてお話しする予定です。お楽しみに!
著者プロフィール
田中康子
エスキューブ株式会社代表取締役/エスキューブ国際特許事務所代表・弁理士
株式会社ストラテジックキャピタル社外取締役、東京農工大学大学院非常勤講師、知的財産権訴訟における専門委員
帝人、ファイザー、スリーエムジャパンの知的財産部にて、国内外の知財実務、知財戦略構築、契約交渉、知財教育、各種プロジェクトマネジメントを経験。2013年4月に、知財の活用による日本企業の国際競争力強化を目指して知財コンサル会社「エスキューブ株式会社」を設立、同年8月に権利化を含めたシームレスなサービスを提供すべく特許事務所を設立し現在に至る。1990年3月千葉大理学部化学科(生化学)卒。


