ライフサイエンス分野のやさしい知財入門
日本では、従来後発品(ジェネリック)の使用割合は低く、2005年頃には数量シェアで30%程度でした。これはジェネリックの数量シェア約90%の米国や60~80%の欧州諸国[注1]と比べるとかなり低い数字です。当時の日本は先発大国と言えるような状況でした。
しかし、「後発医薬品使用促進政策」により、日本のジェネリック数量シェアは増加し、2025年には90%に近い数字になりました[注2]。これに伴い、市場における先発対後発の対峙関係が鮮明になり、両者の特許係争が激しくなったのです。
このような背景から特許戦略が進化してきたようです。さて、どんな戦略なのでしょうか。
今回は、進化する先発の特許戦略についてお話しします。
後発品をシャットアウト
~進化する先発の特許戦略~
先発の特許戦略-従来からの戦略
第2回「えっ、新薬開発の成功率ってこれだけ?」でご紹介したように、先発医薬品の研究開発は、候補化合物を探索する基礎研究、スクリーニング、非臨床、臨床、承認申請、そして承認へと進みます。このスケジュールに沿って、製品を保護する物質特許、製法特許、製剤特許、用途特許等を、時期をずらして出願するのが、製品のライフサイクルを最大化するための鉄則です。特許の期間は延長を含めても最大25年ですが、物質⇒製法⇒製剤⇒用途と時期をずらしながら出願することにより、製品が特許で保護される期間を延ばすことができます。
これが従来から行われていた先発の特許戦略ですが、後発への対抗意識をあまり感じないおとなしい戦略です。しかし後発品のシェアが大きくなってくると、先発側もおとなしくしてはいられず、積極的に後発品をシャットアウトすべくアクションを取るようになりました。
後発品をシャットアウトするためには?
後発品は、先発品の再審査期間が終わると厚労省に承認を申請することができ、先発の特許が切れると承認され薬価収載されます。
再審査期間とは、新薬(新医薬品)について承認後一定期間が経過した後に、製薬企業が実際に医療機関で使用されたデータを集め、承認された効能効果、安全性について再度確認する期間(再審査制度:薬機法第14条の4)のことで、新薬の承認の際に8年の期間が付与されます。また、先発の特許が切れると承認され薬価収載されるというのは、パテントリンケージ(第9回)によるものです。
再審査期間は、最大10年まで延長されることがあり得ますが短縮することはできません。一方の特許は、最大25年まで延長されることがあり、また無効審判(第7回)で潰すことができるという特徴があります。
これらのことから後発品をシャットアウトするためには、①再審査期間終了後にも生きている特許の存在、②パテントリンケージで後発品の承認を阻むこと、そして③後発企業による無効審判への対抗策が有効だと考えられます。
どんな進化があったのか?
先発企業各社は、後発品をシャットアウトするために上述の①、②、③に対応する次のような戦略を取り始めました。これが進化する先発の特許戦略です!
戦略1:特許期間延長制度を最大限に活用する
戦略2:後発品の申請時期までに新たな用途特許を成立させる
戦略3:分割出願で特許権を増やす
戦略1:特許期間延長制度を最大限に活用する
医薬品特許の期間が最大5年延長することができることは、第4回でご紹介した通りですが、日本の制度は諸外国に比べて特徴的だったのを覚えていますか?
諸外国では、ある医薬品について1件の特許を1回だけ延長できるというのが主流ですが、日本では、ある医薬品について複数の特許を何度でも延長できます。
そこで先発企業は、特許期間延長制度を最大限に活用し、先発品について最初に承認を得たときも、追加承認を得たときも、関連するすべての特許を延長します。延長登録手続きには費用がかかりますし、期間を延長すると維持費用も膨大になりますが、そんなことはお構いなしです。
戦略2:後発品の申請時期までに新たな用途特許を成立させる
後発品が申請されると、PMDAでは先発企業が先発品申請時に厚労省に提出した「医薬品特許情報報告票」(報告票)に記載された特許情報(物質特許と用途特許)と後発品との関係を確認します(パテントリンケージ)。そして、後発品を承認しても先発特許への特許侵害のおそれがないと判断されれば後発品は承認されますが、そうでなければ承認されません。ここで、報告票により多くの特許が記載されていれば、パテントリンケージで後発品の承認を阻むことができます。
物質特許は、一旦医薬品が公知になったら新規性が無く特許権は取得できませんが、用途特許は、効能効果(例:てんかん)が公知でも、その後に特定の症状に効果のある用法用量や、特定の患者に対する効果(例:ベンゾジアゼピンで効果が無いてんかん患者に対する効果)について知見が得られれば新たな特許権取得の余地があります。
そこで、このような用途特許を積極的に出願、権利化して報告票に掲載する、あるいはPMDAに情報提供をして後発品の承認を阻む試みが行われています。
戦略3:分割出願で特許権を増やす
分割出願とは、二以上の発明を包含する特許出願の一部を一又は二以上の新たな特許出願とすることをいいます。元の特許を「親」と、その分割出願を「子」と、さらにその分割出願を「孫」と呼ぶこともあります。以下の図に示すように、1件の「親」からたくさんの「子」や「孫」さらに「ひ孫」「玄孫」・・・を生み出す分割出願が多数行われています。
分割出願に基づく特許権の存続期間は、「親」の特許出願の日から計算しますので、特許期間がどんどん延長されるということはありませんが、1件の「親」から子や孫を生み出す、つまり1件の特許出願から複数の特許権を取得することができます。先発特許を潰したいと考える後発企業は、1件ずつ無効審判をしなければならず手間も費用も増加します。
このようにして、先発企業は後発企業への負担を増やす戦略を取っているのです。
先発の特許戦略に対して、後発も黙っていません。巧妙な特許戦略を繰り広げて先発に対抗しています。
というわけで、次回は後発の特許戦略についてお話しする予定です。お楽しみに!
[注1]厚労省資料「各国の後発医薬品の数量シェア」
https://www.mhlw.go.jp/file/06-Seisakujouhou-10800000-Iseikyoku/0000114903.pdf
[注2]日本ジェネリック製薬協会資料「ジェネリック医薬品数量シェアの推移(H25~R7年度四半期毎)」
https://jga.gr.jp/assets/pdf/media/share.pdf
著者プロフィール
田中康子
エスキューブ株式会社代表取締役/エスキューブ国際特許事務所代表・弁理士
株式会社ストラテジックキャピタル社外取締役、東京農工大学大学院非常勤講師、知的財産権訴訟における専門委員
帝人、ファイザー、スリーエムジャパンの知的財産部にて、国内外の知財実務、知財戦略構築、契約交渉、知財教育、各種プロジェクトマネジメントを経験。2013年4月に、知財の活用による日本企業の国際競争力強化を目指して知財コンサル会社「エスキューブ株式会社」を設立、同年8月に権利化を含めたシームレスなサービスを提供すべく特許事務所を設立し現在に至る。1990年3月千葉大理学部化学科(生化学)卒。

