「アミノ酸以外の様々な修飾 -リン酸化-」(第3回)
遺伝暗号にはない多様な化学修飾
今回から、タンパク質分子に起きる様々な化学的変化、特に生体内で起きる「翻訳後修飾(Post-translational modification)」についてお話しします。
翻訳後修飾とは、mRNAの情報を基にタンパク質が翻訳合成された後に受ける化学的な変化の総称で、タンパク質を構成するアミノ酸上で起こります。アミノ酸の配列は遺伝暗号に書き込まれた「先天的(生まれ持った)な情報」に基づき決定されます。しかし、どのアミノ酸でどのような修飾が起きるのかは、現在の科学をもってしても、遺伝情報を見るだけでは殆どの場合判別できません。これまで生命維持の根幹に関わる修飾構造が数多く報告されてきましたが、未だ解明されていないものも多く残されていると考えられています。
近年では、酸化反応や脱アミド化といった一部の翻訳後修飾が、日々の食事や精神状態(ストレス)、加齢といった「環境」によっても変化することが明らかになってきました。いわば、後天的に生じる修飾です。この領域は、健康維持や寿命延長に直結するテーマとして、今後ますます研究が進む重要な分野となるでしょう。
翻訳後修飾はタンパク質の機能を大きく変えることで生理的反応を制御しており、生命維持のみならず、病気や老化といった私たちの日常にも深く関わっています。
2002年にヒトゲノムの全塩基配列が決定されたことは、生命科学における記憶に新しい歴史的出来事でした。当時、ヒトの遺伝子(タンパク質に翻訳される部分)が3万種類程度(現在は約2万種類と推測)に過ぎないことが判明し、研究者たちは「生命を維持するタンパク質の種類としては少なすぎる」と驚きを隠せませんでした。しかし現在では、翻訳後修飾によって一つの遺伝子から生み出される「機能する分子」の様態は桁違いに増幅されていると推定されています。
遺伝情報の網羅(ゲノム解析)は病気の治療に多大な貢献を果たしましたが、現在はそれだけでは明らかにできない生命現象の解明へとステージが移っています。その中心命題こそが、今回ご紹介する「翻訳後修飾の解明と制御」であると言っても過言ではありません。
動的な制御を担う「リン酸化」
タンパク質上で起きる修飾は、大きく二つに分けられます。一つは、リン酸化や糖鎖修飾、脂質修飾のように、体の恒常性維持のために酵素によって「能動的」に起こるもの。もう一つは、先述した酸化や脱アミド化のように、環境や老化に伴って「自発的(受動的)」に起きるものです。
細胞内で起きる可逆的な「リン酸化」は、主にアミノ酸配列中のセリン(Ser)、スレオニン(Thr)、そしてチロシン(Tyr)残基で起こります(図1)。リン酸化は、タンパク質の一部を「負(マイナス)」に帯電させることで、自身の内部、あるいは近傍のタンパク質にある「正(プラス)」に帯電した領域との間に新たな静電的相互作用を引き起こします。

これにより、タンパク質の構造はダイナミックに変化し、新たな分子間相互作用が生まれます。この単純な反応が、細胞外からの刺激を核へと伝える「シグナル伝達」の要となり、細胞の増殖や分化といった生命活動の根幹を制御しているのです。
細胞内でこのリン酸化を引き起こすのは特定のキナーゼ(リン酸化酵素)であり、アデノシン三リン酸(ATP)をリン酸の供与体(基質)として利用します。一方で、常にホスファターゼ(脱リン酸化酵素)によってリン酸基は外されています。通常は「活性を抑えた状態」が維持され、刺激を受けた時だけ一過性に「活性化状態」となって下流へと信号を伝え、速やかに元に戻る――。リン酸化は、こうした精巧な時間的・空間的な制御を担っています。
創薬の標的としてのリン酸化
リン酸化部位を同定することは、機能を理解する上ではもちろん、抗がん剤などの阻害剤を設計する際に不可欠な情報です。
例えば、慢性骨髄性白血病(CML)の約90%は、「染色体転座(t(9;22))」によって生じる異常な融合遺伝子産物「BCR-ABL」が原因です。この異常なチロシンキナーゼは、本来あるべき制御を失い、自らをリン酸化(自己リン酸化)することで「常に活性化状態」に固定されてしまい、細胞を無秩序に増殖させ続けます。
この特効薬として2001年に登場し、がん治療に革命をもたらしたのがイマチニブ(商品名:グリベック)です。イマチニブは、キナーゼが利用するATPの結合部位と、その奥に不活性時のみ現れる疎水性ポケットに特異的に入り込むよう精密に設計されています。これにより、異常な酵素の動きを物理的にロックし、がんの増殖シグナルを根元から遮断するのです(図2)。

次回以降も、紙面の許す限り、引き続きタンパク質翻訳後修飾の妙を紹介していきたいと思います。



