生命を解き明かす分析機器のアーカイブ
第4回
キャピラリー型DNAシーケンサー
世界市場で優位に立つABI社が注目したのは、電気泳動にキャピラリー管を応用した日本の技術で、多検体処理が可能な点でした。当時、ABI社が開発していたのは、平板ゲルに溝を掘る方法によるキャピラリーゲルアレイ方式の製品でした。
キャピラリー電気泳動によるDNAシーケンサーのオリジナル技術は、日立製作所の神原秀記先生によるもので、当時、埼玉大学の伏見譲先生によって開発された4色蛍光検出法が、その威力に貢献したものでした。伏見先生による4色蛍光法は、米国に先駆けて1983年4月9日に特許出願されていましたが、科学技術庁から「国費で開発した技術を特許申請するのは問題があるのではないか」との判断で保留にされ、結果として出願公開前の1984年1月に出願が取り下げられました。この事実は、今もって無念で仕方ありません。
キャピラリーにはガラス管を使用しますが、検出にレーザーを使用するため、ガラス素材が邪魔をして感度が上がらず、またレーザーも屈折してしまい、うまくいきませんでした。神原先生は、すでに平板ゲルに横からレーザーを照射する方法で高感度化の実現に成功しており、キャピラリー管の工夫と側面直射レーザー照射技術(シースフロー方式)を組み合わせ、さらに排出されたサンプルが拡散する前に直接レーザーを当て、高感度化を実現する技術の開発に成功していました。これが日本チームのキーテクノロジーでした。
当時の米国ABI社の開発チームは、4色蛍光法にキャピラリー管を用いることを考察していたものの、感度を上げる方法がありませんでした。神原先生が考案した側面直射レーザー照射方式によるシースフローセルの技術は、ABI社にとって、非常に魅力的な技術だったのでしょう。ABI社創設者のマイケル・ハンキャピラー氏は、早速この技術の導入を日立製作所に持ち掛けました。そして、共同開発というアライアンスの提案で合意し、迅速なスピードでヒトゲノム解読をはじめとするDNA解析の飛躍的進歩に貢献することになります。
1990年代後半、国際ヒトゲノム計画が進行する中、ABI社と日立製作所の共同開発により、1998年に多検体処理能力を備えた3700型DNAシーケンサーが発売され、飛ぶように売れました。
ABI社は当時、パーキンエルマー社に買収され、直ちに企業再生計画に乗ってPEバイオシステムズ社となっていました。米国ヒトゲノム解析プロジェクトから離脱したクレイグ・ベンター博士は、PEバイオシステムズ社傘下のベンチャー企業、セレーラ・ジェノミクス社を設立しました。セレーラ・ジェノミクス社は、500台の3700型DNAシーケンサーを並べ、世界の国家プロジェクトに先駆けてヒトゲノムを読んでしまおうという、途方もない計画を立てました。
ABI社3700型DNAシーケンサーの技術開発には、前項でも記述したとおり、日立製作所の神原先生の協力が不可欠でした。装置の開発と製造は、後の2002年に製品化された新製品3730型DNAシーケンサー(製品名:プリズム3730型DNAアナライザー)とともに、その多くが日立那珂工場で行われました。
実は、これらの装置には、ABI社(PEバイオシステムズ社)のロゴと日立のロゴが印刷されているのですが、それを知っている生命科学研究者は何人いたのでしょうか。
ヒトゲノムドラフトシーケンス解読終了宣言が行われた2001年以前に、筆者はセレーラ・ジェノミクス社を何度か訪問したことがあります。なお、ヒトゲノム解読完了宣言は2003年に行われました。
クレイグ・ベンター博士は、いつも短パンにビーチサンダル姿で、ラブラドールを2匹連れて会社に来ていました。500台の3700型DNAシーケンサーが設置された実験室の横にはオペレーションルームがあり、そこはまるで宇宙船の操縦室のようでした。外には、コンボイ(アメリカ大陸を渡る大型トラック)のような無停電電源が無造作に設置されていました。
セレーラ・ジェノミクス社からクレイグ・ベンター博士を初めて日本に招待し、東京大学安田講堂で招待講演を行っていただきました。その際、締め慣れないネクタイにスーツ姿のベンター博士が、息苦しそうに外の噴水横に腰掛け、何かのノートを見つめていた姿を思い出します。

岩瀬 壽 氏
一般社団法人日本分析機器工業会(JAIMA)ライフサイエンスイノベーション担当アドバイザー、
バイオディスカバリー株式会社 代表取締役社長&CEO。
1951年東京都生まれ。日本大学理工学部工業化学科卒。
メルクジャパン、日本ウォータズ、日本ミリポア、日本パーセプティブ、アプライドバイオシステムズ、
バリアンテクノロジーズ、アジレントテクノロジーなどで分析機器・バイオサイエンス機器の
経営・マーケティングを経験。
2001年バイオディスカバリー株式会社設立。
2013年より日本分析機器工業会(JAIMA)ライフサイエンスイノベーション担当アドバイザーを兼任。


