ライフサイエンス分野のやさしい知財入門
後発品(ジェネリック)の使用割合が80%を超え、先発対後発の対峙関係が鮮明になる中、まるで戦国時代のような激しい戦いが繰り広げられています。
第10回と第11回でご紹介したように、先発軍は後発品をシャットアウトするために、後発軍は先発の特許を切り崩して少しでも早く市場に参入するために、新たな特許戦略を編み出してきました。
今回は、多くの戦いにより経験値を上げた両軍が、実際にどう戦い、明暗が分かれたのかを、2つの事件を通してみていきたいと思います。
まるで戦国時代!
~先発対後発の特許をめぐる争い~
1.先発軍勝訴 ~マキサカルシトール事件~
「製法を変えれば特許は回避できる」のか?
マキサカルシトール(商品名:オキサロール軟膏)は、中外製薬が販売していた(現在はマルホが販売)乾癬などの皮膚疾患の治療薬です。後発企業が市場に参入したのは、先発の物質特許(有効成分そのものを保護する特許)が切れた後のことです。
しかし中外製薬には、製法特許(特許第3310301号「ビタミンDおよびステロイド誘導体の合成用中間体およびその製造方法」)という特許が残っていました。
この特許に記載されていた製法は、「シス体」という立体的形状の化合物を出発物質として使うものだったので、後発企業は、「シス体」とは異なる立体的形状の「トランス体」化合物を出発物質として使用しました。特許に書かれた製法と違う方法で製造すれば、特許権侵害の問題はないと考えたのです。
ところが、中外製薬は後発企業をこの製法特許を侵害するとして後発品の市場からの排除を求める訴訟(差止請求)を起こしました。いったいどんな武器を使ったのでしょうか。
均等論という秘密兵器
先発企業が裁判所で主張したのは「均等論(きんとうろん)」という考え方です。特許請求の範囲の文言にそのまま該当する侵害を「文言侵害(もんごんしんがい)」といいますが、文言とほんの少し相違があり「文言侵害」にはならない場合に、この「ほんの少しの相違」が本質的でなければ、特許の権利範囲に含まれるという論理です[注1]。
訴訟では、「出発物質がシス体かトランス体かは、この発明の本質的な部分ではない」などと判断され、均等論による侵害(均等侵害)が認められました。
その結果、東京地裁、知財高裁、最高裁のすべてで中外製薬が勝訴。製薬分野で均等論による特許侵害が認められた大きな事件として、業界全体に大きな影響を与えました。
2.後発軍勝訴 ~プレガバリン事件~
年間1000億円市場を狙う16社の後発連合軍が先発特許を潰しにかかる
プレガバリン(商品名:リリカ)は、神経障害性疼痛の治療薬です。ファイザーが販売しており(現在はヴィアトリス製薬が販売)、日本での年間売上は1000億円を超えるブロックバスターでした。物質特許は2017年に満了していましたが、「プレガバリンを神経障害性疼痛の治療に使う」という用途特許(特許第3693258号「イソブチルGABAまたはその誘導体を含有する鎮静剤」)が2022年7月まで残っていました。
2017年1月、この用途特許を潰して早期に市場参入しようと、沢井製薬が無効審判を特許庁に請求しました。するとその後、東和薬品、日医工、ニプロ、テバなど後発企業が次々と参加。最終的に15社が加わり、合計16社でファイザーと戦う「後発連合軍」が形成されました。
先発軍、用途特許の効果を裏付ける記載を攻撃される
3年半に及んだ審判の末、2020年7月、特許庁は用途特許の主要部分を無効とする審決を下しました。無効の理由は記載要件違反(実施可能要件・サポート要件違反)です。
記載要件とは、特許出願時の明細書(発明の詳細な説明書)に、発明が本当に効果を持つことを裏付ける記載が必要だという要件です。プレガバリンの場合、「神経障害性疼痛に対して効果がある」という権利を取得していたにもかかわらず、出願時の明細書にはその効果を十分に裏付けるデータが記載されていなかった、と判断されました。
2020年8月に後発品22社80品目が承認されると、ファイザーは後発企業に対して特許権侵害訴訟を提訴。無効審判の審決に対する取消訴訟も提起しました。しかしファイザーの主張は認められず、2022年3月に特許無効が確定。特許権侵害訴訟でも先発特許は無効と判断され、ブロックバスター対後発連合軍の戦いは、後発軍の勝訴で幕を閉じることとなりました。
先発が勝ったマキサカルシトール事件、後発が勝ったプレガバリン事件、いかがだったでしょうか? 他にもたくさんの戦いが繰り広げられていますので、追々ご紹介していきますね。
次回は、第11回でご紹介した「虫食い申請」と「オフラベルユース」の問題を取り上げる予定です。お楽しみに!
注1:均等論について、「やさしく」説明するためにかなり簡略化しています。実務で「均等論」について検討する場合は、特許法の基本書、ボールスプライン軸受事件の最高裁判決(最判平成10.02.24 平06(オ)1083)、マキサカルシトール事件の最高裁判決(最判平成29.03.24 平28(受)1242)をご参照ください。
著者プロフィール
田中康子
エスキューブ株式会社代表取締役/エスキューブ国際特許事務所代表・弁理士
株式会社ストラテジックキャピタル社外取締役、東京農工大学大学院非常勤講師、知的財産権訴訟における専門委員
帝人、ファイザー、スリーエムジャパンの知的財産部にて、国内外の知財実務、知財戦略構築、契約交渉、知財教育、各種プロジェクトマネジメントを経験。2013年4月に、知財の活用による日本企業の国際競争力強化を目指して知財コンサル会社「エスキューブ株式会社」を設立、同年8月に権利化を含めたシームレスなサービスを提供すべく特許事務所を設立し現在に至る。1990年3月千葉大理学部化学科(生化学)卒。


