「アミノ酸以外の様々な修飾 -脂質-」
(第6回)小さな脂質が決めるタンパク質の働き
“光を感じるしくみとRasの共通点”
前回は、タンパク質に付いた糖鎖が、インフルエンザウイルスと細胞との出会いを左右するお話でした。今回から少し目を転じ、脂質に注目してみましょう。脂質と聞くと、エネルギー源や細胞膜の材料を思い浮かべるかもしれません。ところが脂質は、タンパク質にくっついて、その働く場所まで変えてしまうのです。
タンパク質に脂質が付くと何が変わるのか
細胞膜のリン脂質には、水に馴染む部分と、水を避ける部分があります。水の中では、水を避ける部分が内側に集まり、二重の膜をつくります。細胞の内と外を隔てる、あの脂質二重膜です。
では、水に溶けているタンパク質に、水を避ける小さな脂質の鎖が付いたらどうなるでしょう。鎖が膜の内側に入り込めば、タンパク質を膜につなぎ留められそうです。船をつなぐ「いかり」のような役割です。この小さな付属品が、実は私たちの「見る」という働きにも関わっています。
光を伝えるタンパク質に思いがけない付属品
目の網膜にある桿体視細胞は、暗いところでわずかな光を捉えます。その中で光を受け取るのがロドプシンです。ヒトやウシのロドプシンは、348個のアミノ酸からなるタンパク質に、ビタミンA由来の脂質、11-cis-レチナールが結合したものです。この分子が光を吸収すると、二重結合の一つがシス型からトランス型へと変わり、all-trans型になります。この小さな形の変化がタンパク質全体に伝わることで、ロドプシンが活性化し、細胞の内側へ情報を伝えます。
その情報を受け取り、その信号を増幅するのが、トランスデューシンです。α、β、γという三つの部品(サブユニット)からなり、αに結合したGDP(guanosine diphosphate)がGTP(guanosine triphosphate)に交換されると、次の分子へ信号を渡せる状態になります。ここで、小さなγに付いた脂質が大切な役割を果たします。
1990年、深田らは、ウシの網膜から取り出したトランスデューシンのγの末端に、ファルネシル基という脂質が付いていることを報告しました(1)。この脂質を持つβγは、持たないものに比べ、活性化したロドプシンによるαへのGTP結合を強く促したのです。
ファルネシル基は、それ以前に酵母の接合フェロモン(ペプチド)でも見つかっていました。酵母の相手探しに関わる分子の付属品と、動物の目で光を伝えるタンパク質の付属品が同じだったのです。分子の世界では、思いがけないところで共通の仕組みに出会います。
小さな「いかり」が働く場所を決める
この付属品の正体は、質量分析による構造解析から明らかになりました。では、なぜそれまで脂質修飾が見つからなかったのでしょうか。当時、γのアミノ酸配列は、旧ソ連の著名な生化学者オフチンニコフ(Ovchinnikov)らによってすでに報告されていました。配列が分かっているタンパク質に、まだ未知の付属品があるとは考えにくかったのかもしれません。また、当時のタンパク質化学では、C末端の解析やCysの同定には難しさがあり、それも修飾を見つけにくくした一因だったと私は考えています。アミノ酸配列や遺伝子から予測した配列だけでは見えてこない姿を、実際の分子の質量から探り当てた例と言えるでしょう。
図1を見てください。桿体の外節では、平たい袋状の円板が積み重なっています。成熟した円板の内側が「円板内腔(Disc lumen)」、円板の外側が細胞質です。内腔は細胞の外ではありません。ロドプシンはこの円板膜を貫き、トランスデューシンは細胞質側にあって、γのファルネシル基が膜に差し込まれています。この「いかり」が膜への結合を助け、ロドプシンから効率よく信号を受け取ることを支えます。α(Tα)のN末端にも脂質が付いています。ただし、その正体は、他のGタンパク質で知られていた修飾と同じではありませんでした。この意外な違いは、第7回でご紹介します。

細胞の中に必要なタンパク質がそろっていても、それだけで信号がうまく伝わるとは限りません。相手がいる場所で出会えることも大切です。わずかな脂質の付加が、その出会いを支えているのです。
同じ「いかり」が細胞増殖のスイッチにも
ファルネシル基は炭素数15の鎖です。よく似たものに、炭素数20のゲラニルゲラニル基があります(図2)。これらを付ける修飾を「プレニル化」と呼びます。実は、三量体Gタンパク質のγでは、ゲラニルゲラニル化の方が広く見られます。桿体トランスデューシンのγに付くファルネシル基は、少数派なのです。酵素がタンパク質のC末端近くの配列を見分け、システイン(Cys)の硫黄に脂質を結び付けます。このC–S–Cのつながりが「チオエーテル結合」です。

この仕組みは、目だけのものではありません。細胞増殖の信号を伝えるRasも、ファルネシル基を持っています。その報告は1989年で、トランスデューシンの報告に先立ちます(2)。Rasが細胞膜で働くためにも、この脂質修飾が重要なのです。
RasにはK-RasやN-Rasなどの仲間があり、増殖の信号をオン・オフするスイッチとして働きます。その遺伝子に特定の変異が起こり、スイッチが入り続けると、がんにつながることがあります。そこで、「脂質のいかりを付ける反応を止めれば、Rasの働きを抑えられるのではないか」という発想から、薬の研究が進められました。ただし、K-RasやN-Rasは、ファルネシル化を阻害されると、ゲラニルゲラニル基で代用できます(3)。脂質の「いかり」にも、代わりがあるのです。
光を感じる働きと、細胞を増やす働き。ずいぶん違う現象に、同じ脂質修飾が関わっています。タンパク質のアミノ酸配列を眺めるとき、その先に付いているかもしれない小さな脂質にも目を向けてみてください。次回も、脂質がタンパク質の働きを決める仕組みを、さらにたどっていきましょう。
1)Fukada Y, Takao T, et al. Nature. 1990;346:658–660. doi:10.1038/346658a0.
2)Casey PJ, et al. Proc Natl Acad Sci USA. 1989;86:8323–8327. doi:10.1073/pnas.86.21.8323.
3)Whyte DB, et al. J Biol Chem. 1997;272:14459–14464. doi:10.1074/jbc.272.22.14459.




